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赤字200億円「アベマTV」支える子会社

サイバーエージェントが運営するインターネットTV局「Abema(アベマ)TV」。年間200億円もの赤字を出しながら、「頭の中の95%はアベマ」という藤田晋社長の投資意欲は衰えるどころか高まるばかり。この巨額の赤字を支えるのが好調なインターネット広告事業だ。日本の広告業界で電通や博報堂などに次ぐ売上高4位にまで躍進した強さの秘密とは。

「はい!オッケーでーす」。東京都渋谷区の撮影スタジオに大きな声が響く。カメラの前にあったのは、ドラマの撮影に使われるカチンコ、ではなくQRコードが映し出されたタブレットだ。

通常の動画制作は全てのシーンを撮り終わった後、編集用のパソコンに映像素材を転送し、OKかNGかを目視で確認する。素材転送やOKの確認が終わるまで編集作業に入れないため膨大な時間がかかっていた。

サイバーが開発した制作ツール「ビデオスイート」はQRコードでシーンの内容や、OKかNGかの情報を管理。撮影と同時にサーバーに次々と素材を送信、保存していく。撮影が終わったら素早く編集できる。

従来、動画広告の制作には早くても2日かかった。ビデオスイートを使えば、早朝に撮影した動画を最短で夕方には完成できる。大手菓子メーカーの新商品のPRでは72種類の動画を制作。撮影から編集までの待ち時間を従来より4分の1に短縮できた。

テレビCMでは同じ商品の広告は3~4種類を制作するのが一般的。しかし、ネットの動画広告では数十から数百種類の動画を制作し、年齢や性別、興味関心などによって消費者ごとに「刺さる」広告を出し分けていく。膨大な動画を効率よく作れるかが勝負のカギ。ビデオスイートはその有力な武器となる。

開発したのは2015年に設立した動画広告子会社のサイバーブルだ。この3年で3倍以上に急成長した動画広告に目を付け、いち早く新会社を設立した。中田大樹社長は「圧倒的なスピードで制作できる仕組みを自社で持っていることは大きな強み」と胸を張る。サイバーブルの17年9月期の売上高は前の期比2倍と急成長を見せている。

技術革新の激しいネット広告業界。サイバーは新たな広告手法や技術が出るたびに子会社を設立する「分社経営」を推進。高い専門性と、権限委譲によるスタートアップ並みの素早い意思決定で市場の変化にいち早く対応する。

一般的な動画広告だけではない。最近では3DCG(コンピューターグラフィック)の動画広告制作会社や、人工知能(AI)を使って広告素材を自動生成するシステムの開発会社などニッチな分野に特化した子会社を次々と設立。現在、広告関連子会社は50社以上に達する。

専門子会社の成功例がスマートフォン(スマホ)広告のサイバーゼットだ。今やネット広告の約8割を占めるスマホ広告事業の稼ぎ頭だが、09年の設立から間もない時期に大きな決断を下したことが成長の扉を開いた。ガラケーからスマホへのシフトだ。

撮影シーンの内容などの情報を登録したQRコードを映してから動画撮影を始める(東京都渋谷区)

まだ競合の少ないスマホアプリ向けの広告で武器になるものがあれば一気にシェアを握れる――。山内隆裕社長と市川陽取締役のトップ2人が決断したのが、スマホアプリの広告効果を測定するツールの開発だった。広告を見た人が実際にアプリをダウンロードしたのか、アプリ内でどれだけ課金しているのかを計測できる。

当時、スマホアプリ向けの広告効果を測定できる仕組みはなかった。トップの即決で3カ月後にはリリースにこぎ着け、業界初のツールを武器に急成長した。スマホシフトを決断した時は15人程度だったサイバーゼットの社員は今では200人を超える。

専門子会社を次々生み出す分社経営の狙いは何か。本体で広告事業を統括する岡本保朗専務は「人材の育成と、各分野に特化することによるスピード感にある」と語る。

とはいえ、単に子会社を次々と設立するだけでは、事業領域が重複するなど無駄が発生する可能性もある。サイバーでは撤退基準や順位付けも明確にし緊張感を持たせている。比較的新しい子会社は3四半期連続で粗利が減少するなど成長が見込めなければ撤退。黒字化している子会社では2四半期連続で減収減益になると撤退か、事業責任者を交代する。

実際、これまで清算などに踏み切った子会社は56社に上る。子会社にも厳しさが求められるが、サイバーゼットの市川取締役は「組織が小さくトップと現場の社員と距離が近いため、大きな決断でも理解が早く決済しやすい」と実感している。

サイバーの広告事業の売上高はグループ全体で2081億円(17年9月期)と前の期比18.7%伸びた。電通、博報堂の上位2社の背中はまだ遠いが、国内の広告業界では大広を抜き4位につける。

「アベマの(早期)黒字化なんか目指していない。(先行投資を回収できる)ものすごく大きな利益を出さなければ意味が無い」。藤田社長の頭の中の95%は今、アベマ事業が占めているという。

アベマは月額課金型の米ネットフリックスなどと違い、広告型のビジネスモデル。藤田社長は1つの指標として「週間利用者数1千万人」を掲げる。テレビと肩を並べるインターネットメディアになれば広告収入はおのずと付いてくる。

ただ、現在の週間利用者は500万~600万人。利用者を倍増させるには優良なコンテンツを次々に投入するしかない。収益性より利用者増を優先し、制作費などに資金を投じていることが200億円の赤字の要因だ。ネットフリックスなど動画配信サービスのトッププレーヤーはコンテンツに1兆円近い投資を続ける。200億円の赤字でも足りないくらいで成功の保証もない。

米フェイスブックの情報漏洩問題で交流サイト(SNS)への逆風が強まるなどネット広告を取り巻く環境も激変している。サイバーは今年で創業20年。スタートアップらしい若さを保ち変化に柔軟に対応し続けられるか。それがサイバーとアベマの成否を左右する。

(毛芝雄己)

[日経産業新聞 2018年4月18日付]

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