春の日比谷に大行列 香港の「ミシュラン飲茶」を食す

新商業施設・東京ミッドタウン日比谷が誕生し、活気あふれるこのエリアに香港発祥の「激安ミシュランレストラン」が4月8日にオープンした。日比谷のゴジラ像がある広場の横、日比谷シャンテ別館1階の店舗前は、早くも3時間待ちの行列を成す盛況ぶりを呈している。
その名は「添好運(ティム・ホー・ワン)」。ミシュラン3ツ星を獲得した、フォーシーズンズホテル香港の広東料理店「龍景軒」の点心部門のチーフであったMak Kwai Pui(マック・クワイ・プイ)シェフがパートナーのLeung Fai Keung(レウン・ファイ・クゥン)シェフとともに立ち上げた点心専門店だ。
点心とは中華料理の軽食のこと。私たち日本人にもおなじみのシューマイや春巻きなどもこれに当たる。主菜とスープ以外のものを指し、おかゆやデザートも点心に含まれる。
「ティム・ホー・ワン」はミシュラン星付きの味がファストフード並みの料金で楽しめると、2009年オープン以降、食にうるさい香港人の間で瞬く間に評判に。2010年にはミシュラン1ツ星を獲得した。2016年、シンガポールの屋台「香港油鶏飯麺」にミシュラン1ツ星が贈られるまでは「世界一安いミシュランレストラン」と呼ばれていた。
実は私もこの店の上陸を心待ちにしていたひとりだ。私が初めてこの店の存在を知ったのは海外に住む友人からの情報。SNS(交流サイト)の登場によって私たちは海外に駐在や移住した友人の近況もよく分かるようになってきた。あるときシンガポール在住の知り合いが「点心レストランでランチしてきました!」と写真をアップした。
その投稿には店名も書いていなかったのだが、「あ、添好運! チャーシューメロンパン、おいしいよね!」と、かつてフィリピンに駐在していた人からのコメントが即ついた。すると、今度は「私も大好き! チャーシューメロンパン!」と台湾在住者が書き込む。
写真を見るとチャーシューメロンパンはその名のとおりメロンパンのようなクッキー生地のコロンと丸い形の点心だった。なるほど、その中にチャーシューのあんが入っているのだなと推察した。
すかさず「いいなー、こっちは観光客がいつも行列しているから在住者はなかなか入れないの!」とコメントを入れるのは香港に住む駐在妻だ。そして、その後もアジアに住む日本人駐在員や駐在妻たちの間で、「チャーシューメロンパン」なるものを自分がいかに愛しているか、自分が住む国のその店の行列具合などの話題で盛り上がっていたのだった。

私も家族の仕事の関係で海外に住んでいたことがあるのだが、駐在員やその家族にとって食は単なるプライベートの楽しみだけではない。日本からの出張者へのおもてなしの場であったり、日本人コミュニティーの交流の場であったりする。ゆえに現地のおいしいレストラン情報に詳しく、グルメな人も多い。
そんな彼らをトリコにするチャーシューメロンパンとは何なのか。というか、メロンパンの中にチャーシューっていったいどんな味!? 私は興味津々だった。
調べてみると、「ティム・ホー・ワン」は香港、台湾などアジア各国を中心にオーストラリア、ニューヨークなどにも店舗があることが分かった。どうやら、その人気は「世界級」。そして、「こんなにアジアに進出してるのにどうして日本にはないの?」と不思議に思ったのであった。
ゆえに、今回の「ティム・ホー・ワン日本初上陸」のニュースは、香港や台湾などアジア圏の駐在を終えて日本に帰国した人、日本在住の香港人・台湾人らにとっては「ゴジラ上陸」くらいの(といっては大げさだが)ビッグニュースなのではないだろうか。まさに「満を持しての登場」といえるだろう。

同店の運営に当たるWDI JAPANの広報・大林鈴さんによれば「以前より香港の店に日本出店のオファーをしており、日本初上陸にふさわしい場所を探し続けていました。加えて、マックシェフは風水にこだわりがあり、1階の路面店で、エントランスの場所はここに設置しなくてはならないなどの細かい条件もありました。その条件を満たす場所がやっと見つかり、今回オープンの運びとなりました」とのこと。
同社は「ハードロックカフェ」や「トニーローマ」「カプリチョーザ」など20を超えるレストランブランドを日本のみならず国内外10カ国に輸出入し、グローバル展開する企業。「朝食を食べるために行列する!」と話題になったハワイ発の「エッグスンシングス」やニューヨーク発の「サラベス」も手がけている。
日比谷店オープンに先駆けてマック、レウン両シェフが来日するレセプションが行なわれたので、マックシェフに改めて本格点心を低価格帯で出す業態を選んだ理由について聞いてみた。
すると、「いつか独立して自分の店を経営したいと思っていました。しかし、本格的なディナーレストランを開業するには香港は家賃も高く、飲茶の店が出しやすかったのです」との答え。飲茶とは点心をつまみながら中国茶を楽しむ食事のスタイルである。
なんとも正直な、だが、納得の理由。しかし、こうした消去法的に決めた「低価格帯のカジュアルな店」という選択も「ホテルクラスの高いクオリティーの点心を」という思いがなければ、ここまでの世界的な成功はないだろう。高いクオリティーを追求するため、春巻きの皮や蒸しギョーザの皮もすべて店の厨房で材料から1つひとつ丁寧に手作りしているという。

日本出店に当たっては「味も店の雰囲気も日本人好みにローカライズすることなく、すべて本場を再現している」(大林さん)とのことで、もちろん日比谷店でもすべて厨房で手作りする姿勢は変わらない。オーダーも香港式に、客が伝票に頼みたい数を記入して渡すスタイルだ。
さて、こちらで提供されるメニューはすべてマックシェフとレウンシェフのオリジナルレシピによるもの。看板メニューはもちろん、チャーシューメロンパン。正式な名前は「ベイクドチャーシューパオ」という。店に来た人が必ず注文する一品だとか。
さっそくいただいてみよう。メロンパンよりふたまわりくらい小さめ、でも、表面の感じはまぎれもなくメロンパン。「香りにこだわりました」とマックシェフが語るように、最初にふわっと甘い匂いが香り立つ(でも、メロンパンの香りとはちょっと違う)。割ってみると、トロトロのあんの中にゴロゴロとしたチャーシューがぎっしり入っている。
口に入れるサクッとした食感、その次に甘いクッキー生地がホロホロと口の中に広がって、次にあんのしっかりした甘辛い味が来る。この甘辛あんと甘い皮が混ざり合うと、これが絶妙にマッチしてとてもうまい。
大林さんによれば「点心でオーブンを使う料理は非常に珍しい」とのこと。たしかに点心といえば「蒸す」が中心で、セイロで提供されるものが多い。
レウンシェフによると「これは元の勤務先のフォーシーズンズホテルの『龍景軒』でも出していた人気のメニューです。ただ、フォーシーズンズではイスラムの外国人のお客さまも想定して、あんは牛肉とガチョウを使っていました。自分の店ではよりおいしい豚のチャーシューにしています。香港では1日に1店で1000個売れる人気メニューですよ」とのこと。

人気メニューの1つ、大根餅もこれまた絶品であった。点心の定番メニューで、一般的には刻んだダイコンを上新粉や浮き粉などで練り上げて中華ハムなど入れて蒸してから焼く。こちらは干しエビが入っていることと、ダイコンを大きく切ることでザクザクとした食感を残しているのが特徴だ。
大根餅は酢じょうゆや辛子じょうゆで食べることが多いと記憶しているが、こちらは「シラチャーソース」という米国で大人気のチリソースをつけていただく。ダイコンの甘さがより引き立ち、その中にも魚貝の香りがほんのり感じられて、とてもおいしかった。

エビの蒸しギョーザは透き通る皮から見えるエビが美しい芸術的な一品。包丁で叩いたエビが入っているのかと思ったら、エビの形がきちんと残ったまま入っていた。そのためエビはプリプリとしていて、エビそのもののおいしさが味わえた。皮のつるんとした食感とも合う。
「発酵具合に苦労した」と両シェフが語るマーライコウもおススメ料理の1つ。これは卵ときび砂糖と小麦粉でつくる素朴な味の中華風蒸しケーキである。あまり甘すぎず、卵そのもののおいしさがガッツリと伝わってくる、甘いものがそれほど好きではない私もおいしくいただいた。手でちぎるとホロホロと崩れるこのふんわり感、シンプルに見えるけど、作るのは難しいんだろうなぁ。

全体を通して感じたのは「点心って食感がこんなに多彩だったっけ?」ということ。サクサクとかトロトロとかザクザクとかプリプリとか、「この記事、いつになくオノマトペ(擬音語や擬態語)が多くない?」と思っていたら、どうやら料理のせいだったようだ。
もちろん、味も香りも申し分なく、バラエティー豊かな点心の奥深さを堪能したのだった。
そうそう、先に「味も店の雰囲気も現地のまま。日本に合わせてローカライズしない」と紹介したが、1つだけ現地と変えた点がある。香港や台湾では点心の店にはアルコールがない。しかし、日比谷店ではビールなどのアルコール類とともに点心が楽しめる。この決断には大いに拍手を送りたい。
映画館や劇場も多い日比谷、点心は観劇や映画鑑賞の前後に軽く小腹を満たすのにもピッタリだ。ただし、この行列に並んでいたら映画に遅刻してしまうこと必至なのだが。
(ライター 柏木珠希)
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