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データで読み解く 大谷翔平の投球の実相

スポーツライター 丹羽政善

3月21日午前、エンゼルスの大谷翔平はブルペンで長い時間を過ごしていた。

キャンプ施設のブルペンは少し見にくいところにあるので、どこをどう修正したのかというところまではわからなかったが、投げる前に構えた段階でコーチがアドバイスを飛ばす。左足を上げればそこで動作を止め、また投手コーチが身ぶり手ぶりで何かを伝えていた。

米大リーグ開幕1週間前のこと。あの時点で、あそこまで手を加えるのはよほどのことと映ったが、試行錯誤を重ねたからこそ今があるのだろう。物事には必ず、そうなる理由がある。

見分けつかぬ4シームとフォーク

同様に打者を抑えるにも相応の理由がある。

「4シームとフォークボールの見分けがつかない」

大谷と4度対戦したアスレチックスのジョナサン・ルクロイは後日、そんな印象を口にした。

「軌道が同じだから、そこからは球種の判断をしようがない。どう対応するかって? ヤマを張るしかないね」

同じ軌道――。大谷の評価で頻繁に見聞きするそうした言葉は、具体的にどういうことなのか。

今回、それをデータで証明してみたい。

大リーグの全球場には、2015年から「Statcast(スタットキャスト)」という動作解析システムが導入されている。

ベースにあるのは、かつてドップラー効果を基礎としたレーダー技術を応用し、ミサイルの弾道追尾システムの設計に関わっていたフレデリック・タクセン氏らが開発したトラックマンという解析機器。もともとはゴルフのレッスン用としてスポーツ市場に足場を築いた。

入射角や打ち出し角度、回転数などからゴルフスイングの問題点を導き出す画期的なデータ分析手法は、やがて野球にも転用された。投手の投げる球であれば球速、回転数、縦横の変化量、リリースポイントなど、また打者であれば打球の初速、打球の角度など決して肉眼では判別できない現象が数値化されるようになった。

それに伴ってこれまで「球持ちがいい」「キレがある」などと、漫然と表現されてきた球質に関してもある程度は証明が可能となっている。また、昨季のアストロズのワールドシリーズ制覇を支えた「フライボール革命」という原理は、打球の初速と角度を重視することにあった。こうした機器の発明がなければ、その種の進化はあり得なかったといっていい。

さて、ここからが大谷の4シームとフォークの軌道が同じという話だが、要は「Statcast」で得られる横の変化量(動き)からそれを比較してみればいい。

それほど複雑な話ではなく、「Statcast」のデータは試合翌日になると、「ベースボール・サバント」というウェブサイトで公開される。もちろん多少の予備知識は必要で、今回比較する縦横の変化量というのは、実際の球がホームベース上のどこを通過したかということに対し、その球が無回転で重力のみが作用した場合、ホームベース上のどの地点を通過するかを基点とし、その差を求めたものである。

国学院大准教授で投手の投球動作解析に詳しい神事努氏が、「BASEBALL GEEKS」というウェブサイトの「メジャーリーグで投球される球質の特徴」(2017年3月3日)という記事の中で解説しているので参考にしてほしいが、大谷の回転数(1分間当たり)、縦横の変化量を調べると、平均値は以下の通りだった。

これを見ると大谷の4シームは、4月1日のメジャー初先発では投手の側から見て基点から20.4センチ右側にずれており、上に39センチの地点を通過していることがわかる。

右投手の球が右側に動くということは、いわゆるシュート回転しているともいえるが、このこと自体は自然な動き。神事氏によれば、大リーガーの4シームの99%以上がシュート回転しているそうだ。

2つの球種、わずか9ミリの違い

一方でフォークはどうか。横の変化量に絞ってみてみると、1日は18センチだった。これを同日の4シームの横の変化量(20.4センチ)と比較するとその差は2.4センチ。後で他の選手の数値と比較するが、この差というのは極めて小さい。

さらに2度目の登板では、4シームの横の変化量が15.2センチなのに対し、フォークは14.3センチ。その差はたった9ミリだった。これはもう2つの球種が最後に枝分かれするまで、ほぼ同じ軌道で打者に向かってくるといっていい。

つまり、打者は見分けがつかないのである。

そのことは、やはり「Statcast」のデータを利用した「baseballsavant.mlb.com」内にある「3D Pitch Visualizations」という機能からも推測ができる。

これはアスレチックスのマット・ジョイスに対する8日の全球だが、紫色の点が振りにいったもののボール球だった、あるいは予想した球種と違ったため、バットを振るのを止める判断を下す最後のポイント。打者に到達するまでは0.167秒の地点である。中央に紫色の点が密集している箇所があるが、このあたりからようやく4シームとフォークの軌道が変わるため、前出のルクロイは「球種の判断をして振るということは不可能に近い」と話し、続けた。

「落差が大きいので、変化に合わせてスイング軌道を変えることもできない」

では、先ほど少し触れたが、ほかにフォーク、あるいはスプリット・フィンガード・ファストボールを投げる投手らの軌道はどうなのか。田中将大(ヤンキース)、上原浩治(巨人)ら、スプリットを投げる比率の高い投手7人を選んで比較したところ、4シームとフォーク(スプリット)の横の変化量の差はのようになった。

数値が大きければ大きいほど軌道の枝分かれが早く、その分、相手には球種の判断がしやすくなる。だがこうしてみると、大谷の9ミリという差は信じがたいほどのレベルで、第1戦の2.4センチという誤差にしても極めてまれな数値といえる。大谷が変化量のこの小さな差を保てるとしたら、相手打者はこれからも見極めに苦労することになる。

フォークにトップスピンかかる?

ところで大谷の場合、さらにもう一つ、フォークに特徴がある。

8日の試合は最後、2死二、三塁というピンチの場面でマット・オルソンをフォークで空振り三振に仕留めたが、あの球は一種の"魔球"だった。

縦の変化量はあの日最大のマイナス7.62センチ。マイナスの値を記録するフォークというのは、「BASEBALL GEEKS」の「田中将大2017年分析~0.2%の魔球~」(17年12月20日)によれば、トップスピン(順回転)がかかっているのだという。

通常、フォークの回転はバックスピン(逆回転)。しかし、トップスピンがかかることで、あのような大きな変化となりうる。同分析によれば、スプリットにトップスピンがかかるケースは、17年のメジャー全体でわずか0.2%だったとのこと。あの三振を奪った最後のフォークはそういう特殊な球であり、相手打者にしてみれば見たことのないような軌道だったのである。

改めてデータを俯瞰(ふかん)すると、恐るべきことに大谷には別の面でまだ改善の余地がある。

メジャー初先発のとき、4シームの横の変化量は20.4センチで縦は39センチだったが、横の変化量に関していえばメジャー平均そのもの。縦の変化量はメジャー平均を下回る。この球だけを切り取れば、確かに100マイル(約161キロ)近い球速は大きな武器だが、軌道そのものは平凡な部類だ。

だが2戦目には横の変化量が15.2センチと小さくなり、縦の変化量は43センチとなった。これは回転軸がより進行方向に対して90度に近くなっていることを意味する。今後、横の変化量がさらに小さくなり、一方で縦の変化量が増えれば、大谷の4シームは相手にとってホップしているように見えるはずだ。

そのとき、もちろんフォークの軌道も4シームの横の変化量に連動することが不可欠だが、100マイル近い球速に縦の変化量が加わればわかっていても打たれるものではない。

結局、大谷が2試合とも好投した背景には、そうした明確なデータの裏付けがある。

あそこまで酷似する4シームとフォークの軌道をメジャーで見つけることは難しい。フォークの軌道にしてもすべてではないが、メジャーの打者が見たことのないような球を投げるのである。

逆に打たれるとしたら、4シームとフォークの軌道がずれたときか。

それらはおそらく、彼の調子を見極めるバロメータともなりうる。

拝啓 ベーブ・ルース様」執筆者によるトークセッション!

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