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割れ鍋 「お水取り」儀式の裏方

モノごころ ヒト語り

古都奈良に春の訪れを告げる東大寺二月堂の「お水取り」。正式には「修二会(しゅにえ)」(あるいは十一面悔過=けか)が今年も厳かに行われた。

連日深夜まで繰り広げられる法会に先立ち、僧侶たちが昼食をとる食堂(じきどう)の儀式が古風にのっとって行われる。ここに必ず登場する不思議な一品がある。それは直径1尺8寸6分(約56センチ)もある大きな鉄鍋だ。奇妙なのは底抜けの割れ鍋だということ。口縁から深さ7寸5分(約23センチ)が残る。

食事が終わる頃、現在使用中の大鍋が食堂から運び出されるのと入れ替わりに、この割れ鍋は、太いロープで棒につり下げられ、2人掛かりで運び込まれる。しかし堂内で床に置かれ、わずか数分で再び運び出されてくる。何か特別なことが行われた様子はない。関係の皆さんの話でもこの鍋がなぜ持ち込まれるのかは「謎」だという。

これを見て私はこう考えた。この鍋は過去に実際に使われていたが、ある時に割れて底が抜け、新しい鍋に交代されて役目を終えた。しかし、はるか昔から儀式に加わってきたので、鍋に敬意を表し、行事の度に、食堂に運び入れて式を見届ける役を託したのではないかと。

「修二会」はどんな事情があっても決して休まない「不退の行法」とされ2018年には1267回目を迎えた。長く続いた行事だけに、これを支えてきた器物にも古いものが多い。奈良時代から昭和まで使い続けられた器もある。修二会の諸行事では、些細な品々まで決しておろそかにせず、古い道具類や作法が守り続けられている。

それにしても割れた鍋までなぜ特別扱いするのか。この鍋がとりわけ古いものか、古い記憶を宿すと考えられたからではないか。鉄鍋の歴史や考古学の事情に疎い私がそう思うだけなので、年代や製作地など専門家の協力を得て、ぜひ確かめておきたい。

ところで「割れ鍋に綴じ蓋(とじぶた)」ということわざがある。どんな人にも必ず似合いの伴侶がみつかるものだということを示すが、後半を「閉じ蓋」と誤解すると意味が通じない。実は「割れ鍋」のペアになったのは「割れた蓋」で、板に小穴をあけ銅線などで綴じて使い続けたものだ。忘れられた事物の実態が分かることでことわざの真意が理解できた一例だった。

(武蔵野美術大学教授 神野善治)

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