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西野監督、時間との闘い まず選手の心をほぐす

編集委員 武智幸徳

日本代表監督就任記者会見で厳しい表情の西野朗氏=共同

サッカー日本代表で衝撃の監督交代が断行された。日本サッカー協会(JFA)は9日、バヒド・ハリルホジッチ監督との契約解除を発表。後任監督に指名されたのは西野朗・JFA技術委員長(63)で、12日には新監督の就任会見が行われた。ワールドカップ(W杯)ロシア大会の開幕を2カ月後に控えたタイミングで何があったのか。

「選手との信頼関係が薄れてきた」

JFAの田嶋幸三会長から西野委員長に監督就任の打診があったのは3月末だった。同月の欧州遠征で日本代表はマリと1-1で引き分け、ウクライナには1-2で敗れた。内容の乏しさは目を覆うばかりで、ハリルホジッチ監督の下で選手の士気が大きく低下していることをうかがわせた。

4月9日の契約解除の発表の場で、田嶋会長は決断の理由を「試合の勝ち負けだけで監督更迭を決めたわけではないが、選手とのコミュニケーションや信頼関係が多少薄れてきたと感じた。私は1%でも2%でもW杯で勝つ可能性を追い求めていきたいと考えている。そのためにこの結論に達した」と語った。

ハリルホジッチ監督(右)とともに、西野氏も辞任を決意したことがあった=共同

 監督を支えてきた技術委員長として、西野氏は打診を受け、かなり迷ったようだ。かねてから親しい人間には「ハリルさんが辞めるときは自分も辞める」と漏らしていた。しかし、田嶋会長に、このタイミングで監督が務まるのは「監督とともにチームを長く見てきた西野さんだけ」と強く説得され、技術委員長から監督になる異例の転身を果たすことになった。

「間違いなく、これまではハリルホジッチ監督を支えたい気持ちでいっぱいだった。これからの2カ月、何をすれば(沈滞したチームのムードを)劇的に変えられるかを考えていた。だから、会長からの就任要請には戸惑った。監督と同様に(自分も辞める)と思ったけれど……」。12日の就任会見の場で西野新監督は複雑な表情で就任に至るまでの心情を語った。

このタイミングで監督を代えるのなら確かに西野技術委員長しかなかったのかもしれない。別の案として手倉森誠コーチ(2016年リオデジャネイロ五輪代表監督)の内部昇格も一考に値するように思われるが、厳しい戦いが予想されるロシア大会は監督のキャリアを大きく傷つけるリスクをはらんでいる。協会としては手倉森コーチと、2年後の東京五輪を戦うU-21(21歳以下)代表の森保一監督は「ロシア以後」をにらんで、手元に持っておきたいカードだったように思う。

日本人選手に精通しているという点ではJクラブの監督に依頼する手もなくはない。が、現職の監督をクラブから引きはがすことの弊害にはイビチャ・オシムさんの例がある。06年ドイツ大会後、当時J1の千葉を率いていたオシムさんを代表監督に三顧の礼で迎えたが、千葉は翌年から衰運に向かい、今もJ2にいる。

代表で、クラブで豊富な実績

何より、西野新監督には代表(ユース、五輪代表)とクラブ(270勝のJ1最多勝監督)の両面で豊富なキャリアがある。日本人監督として2度のW杯を戦い、今はFC今治のオーナー業が忙しい岡田武史氏を除くと、監督交代を前提にすれば、この窮地で西野委員長に指揮が託されてもそれほどの不思議は感じない。

新監督に与えられた時間は少ない。W杯ロシア大会まで2カ月と書いたが、実質的なチームの活動期間はもっと短い。国際サッカー連盟(FIFA)は5月21日から27日までを"公休"とするようW杯出場チームに通達している。選手に休養を与えて本番に向けて英気を養ってもらうためだ。

とはいえ、選手の立場は所属クラブでの使われ方によってさまざまだ。出場機会が多かった選手は休養が必要でも、出番が乏しかった選手は逆に体を動かしたくてうずうずしている。実戦にも飢えている。合同自主トレのような形で一足先に始動するグループ、休養すべきグループ、いろいろな形が混在して出てくる。

いずれにしても、西野新監督が自分が選んだ選手と一緒になってチームづくりをする期間は実質4週間くらいだろう。やれることは相当限られていると見ていい。

そこで新監督が真っ先に着手するのは選手の心を"軽く"することのようだ。前監督が課していた縛りをほどいてチームを伸びやかにすることが念頭にある。

 2008年11月にはG大阪を率いて、アジア・チャンピオンズリーグを制覇した=共同

「自分が選ぶメンバーにはパフォーマンスや個人のプレーに制限をかけることなく、本来の自チームでのプレーを出させたいなと。その上でグループとして連係していく。そういう形の取れる選手をいい状態に戻したい。プレーできる感覚を取り戻してほしいと伝えたい。選手はまだまだ力を出せるはず。その力を融合してチームとして機能させたい」

これまで選手がやりにくさを感じていた理由は何なのだろうか。

「日本には日本化したフットボールがある」

「ハリルホジッチ監督が求めたのは日本に足りないものだった。1対1の強さ(デュエル)だったり、縦への推進力だったり。それらは言葉では簡単に示されたけれど、実際に選手に強く要求したのは高度なものだった。現状の日本に必要なものではあったけれど、パワー的なところ、フィジカル的なところでどうしても戦えないところがあった」

西野監督は、その不足の部分は「別角度からの対応が必要」と語る。

「日本には日本化したフットボールがある。縦への推進力を最大限に生かすということはこれまでどおりあるとしても、土台にはチームとして結束して戦うということが必要。結束して戦って化学反応を起こしながら最大限の力を発揮するのは日本の継承すべきスタイル。それぞれの選手が自分のクラブでプレーしている以上のものを代表では出せるはずだし、ストレートに出せる状況をつくり出したい。コーチ、スタッフらとともに協力し合いながら編成を考えていきたい」

確かに、日本代表に来ると、所属クラブのように輝けない選手はいる。しかし、それは日本代表に限ったことではない。その最たる例がアルゼンチン代表のメッシだろう。FCバルセロナでの輝きを代表ではなかなか見せることができず、自国民から「代表では手を抜いている」と、いわれなき中傷を受けたりしている。

「ハリルホジッチ監督(右)が求めたのは日本に足りないものだった」と、西野新監督は語る=共同

メッシがバルセロナで輝き、代表ではそれほど輝けない理由は単純で、チームが違うからである。バルセロナはメッシだけでなく、そこでプレーする選手全員が輝ける基盤をつくっている。それを圧制者の手から解放して選手に「自由」を与えれば輝けると錯覚すると、06年ドイツ大会のジーコ・ジャパンと同じ過ちを繰り返すことになりかねない。

「ここぞで勝負の意識を共通して持つ」

ハリルホジッチ前監督は就任してから、この人なりの基盤をチームに落とし込もうとしてきた。その基盤の中で井手口陽介(クルトゥラル・レオネサ)や原口元気(デュッセルドルフ)、浅野拓磨(シュツットガルト)のように輝いた選手もいる。一方でその基盤に合わなくてくすんだ選手もいる。

監督と選手、選手と選手の間の信頼関係はチームとして戦う上で絶対に必要なものだが、それをより強固にするためには戦術という基盤もまた絶対に必要。西野監督なら相互の信頼回復はあっという間にやり遂げると思うのだが、この短期間で勝てる戦術を組み上げるのは大変な作業になるだろう。

幸いなのは、西野監督の豊富なキャリアだ。1996年アトランタ五輪では攻めたがる選手にも守備の意識を植えつけ、ブラジルから大金星を挙げた。G大阪では「和製バルサ」と称賛したくなるような華麗なスタイルで日本国内とアジアの両方を制した。根底にあるのは現実を見据える目だろう。

「長い指導経験からすると、代表は自分が理想とするサッカーに選手を当てはめていくことができる」といいながら、その理想を高らかに語ることはしない。ロシア大会も地に足をつけて考えている。

「オフェンシブに戦える時間もあれば、相手によって守備的に戦う時間が多くなる試合もある。ここぞというところの勝負の意識を共通して持つことが大事。スカウティングを土台に相手のウイーク、ストロングなポイントを調べ上げ、意識を統一して戦う。どんなゲームでも勝機はある。FIFAランキングどおりにならないのがW杯の闘い。対戦相手に日本は嫌なことを仕掛けてくるなと思わせれば、勝つ確率はおのずと高まる」

アトランタ五輪で率いたメンバーには前園真聖氏、中田英寿氏、城彰二氏らやんちゃな面々が多かった。

「チームの方向性に合っている中で、一つの目標に向かっているのであれば、逸脱する選手がいても問題はないと思う。情熱をストレートにぶつける中で、チームでいろいろ問題を話し合い、コミュニケーションを取りながら信頼は構築されていく」

高まる危機感、そして選手のやる気

監督が代わっても準備に支障はないと言い切る。

「対戦相手のスカウティングの蓄積はある。それがベースになる。ここからさらに対戦相手も急激に変わることもあると思う。細かいところまで分析するためにスカウティングの編成も考えたい」

スケジュールにも大きな変更はない。大会1カ月前の5月14日に35人の予備登録をFIFAに提出する。本大会はこの35人の中で戦うという申請になる。5月30日のガーナとの壮行試合(日産スタジアム)の翌日、最終メンバーの23人を発表。8日スイス(ルガーノ)、12日パラグアイ(インスブルック)との強化試合を経て、19日のコロンビアとのW杯初戦を迎える。

選手選考の大枠が変わることはない。代表候補のリストに上がるような選手は誰が考えても大差はないということだろう。

「フラットな状態で考えたいが、ハリルホジッチ監督の下で作成したリストを現状変えることはない。グループ、ユニットの力が必要なので、新しい選手も考えたいところではあるが、チームづくりの上で今あるラージリストをベースに考えていきたい」

「現状はコンディションの把握に努めるのが第一。選考はこれからの話。過去の実績を正確に見極めながら最高の化学反応が起きる選手選考を全精力を挙げてしていく。そして本大会では結果を求めていく」

監督交代の報道がなされた後、11日に行われたJリーグを視察して選手のやる気を感じたそうだ。W杯で勝てる確率を聞かれた西野監督は「こういう事態になって生まれた危機感がある。選手にも強い気持ちが出てくる。Jリーグの試合でもそこは伝わってきた。1%や数%どころではない、勝てる確率は間違いなく上がる」

監督交代で一気に集まった世間の関心、新監督のお眼鏡にかなおうと高まった選手のやる気。監督交代の一番の狙いはそこにあったのかもしれない。

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