/

「遊戯部」立ち上げゲーセン通い IT起業家の海城時代

平尾丈・じげん社長が語る(上)

平尾丈・じげん社長

元商社マンを校長に迎えるなど大胆な改革を進める中高一貫の私立海城中学高校(東京・新宿)。最近は、ベンチャー経営者を次々と輩出していることでも注目を浴びている。情報検索サイトなどを運営する「じげん」の平尾丈社長(35)もその一人。しかし、海城時代の平尾氏は、けっして優等生でも勉強のできる生徒でもなかった。

(下)中学1年で相対性理論を考える 海城生は起業家向き >>

小学4年の時に中学受験しようと決めた。

母親が学習塾の先生をしていた関係で家に教材がたくさんあり、幼いころからそれを使って勝手に勉強していました。おかげで小学校の成績は常によく、テストはだいたい100点。それも数分で解き終わってしまい時間が余ってしまうためテストは苦痛に感じるほどでした。通信簿はオール5。勉強ができたから人気もあり、学級委員長をしたりもしていました。でも、正直、そういう状況に、自分が周りと違うマイノリティーであると自覚していましたし、そう感じない環境に行きたいと思っていました。

姉が小学受験をして国立大学の付属校に通っていました。私も姉と同じ小学校を受験し、試験には通りましたが、抽選で落選。仕方なく近所の区立小学校に入りました。おそらく、自分の行きたい小学校に行けなかったという割り切れない思いが、その後ずっと尾を引いていたのだと思います。

小学4年の時、有名中学を紹介するテレビ番組をたまたま見て、今度こそは自分の行きたい学校に行きたいという思いを強く抱きました。わが家は経済的にかなり苦しかったのですが、母親に中学受験したいから受験塾に通わせてほしいとお願いしました。

もともと算数と国語は得意でしたが、塾に通い始めてからは、それほど得意でなかった社会や理科の点数もぐんぐん上がり、6年の時には志望校の合格ラインを余裕で超えていました。授業料の安い一般には無名の塾でしたが、少数精鋭の塾で、勉強も友達付き合いも含めてとても楽しかった。塾で使っていた教材を学校で授業中にやり、先生に注意されたこともあったほど、塾に夢中でした。

中学受験では、自分の意見を持ち、発信できる人がいるところへ行きたいと思っていました。海城中学は入試の設問も選択式ではなく記述式を採用する数少ない学校でした。母親と一緒に学校見学にも行きましたが、海城は自分の意見を言える主体的な学生が多くいると感じ、そうした多様性を受け入れる校風をもった海城がいいなと思いました。

入部した弓道部が突然廃部に。そこで、自ら部活を立ち上げた。

「ゲームが強かったから一目置かれ、自然と遊戯部の仕切り役になった」と振り返る

中学入学と同時に弓道部に入りました。ところが、中学2年の時に、学生の自分たちには「学校側の都合で」としか教えてもらえなかったのですが、弓道部は廃部になってしまいました。

入りたい部がないなら自分で作ればいいと考え、友達と一緒に学校非公認の「遊戯部」を創設。放課後、あちこちのゲームセンターに行ったり、ボーリングをしたり、フットサルをしたりと、遊びを開拓していました。

要は毎日、遊んでいただけですが、いちおう私が部長として活動を仕切り、部としてのまとまりはありました。昔から仕切るのが好きで、経営者向きの性格だったと思います。部員は同学年だけでしたが、全部で30人ぐらいいました。

遊戯部の活動が楽しくなると、反比例するように、だんだん勉強に身が入らなくなりました。最初は中学クラスの中でトップクラスだった成績も、中3くらいから、得意だった数学を除いて軒並み降下。でも、成績が下がっても、高校受験する必要がないので危機感はゼロでした。

学校の勉強はできませんでしたが、むしろ、周りから一目置かれるような存在だったのではないでしょうか。理由は、ゲームがめちゃくちゃ強かったからです。

ゲームは小学生のころから得意でした。小学生の時にスーパーファミコンが大流行しましたが、経済的理由から親にゲーム機を買ってもらえず、友達の家に行き、友達が帰ってくるまでの間だけやらせてもらいました。遊びとはいえ、限られた時間の中で集中して遊んだのが、人より上達した理由だと思います。

海城中学に入り、遊戯部でひんぱんにゲーセンに通うようになると、さらに腕が上がりました。

中学3年の時、プレイステーション用の人気ゲーム「モンスターファーム」の腕前を競う全国イベント「モンスター甲子園」の第1回大会が開かれ、出場したら、高校生や大学生もいる中で準優勝。ほかにも様々なゲームの大会に出場しては好成績を収め、おもちゃ券をたくさんもらいました。

学校の指導を守らず、職員室で正座させられたこともあった。

高校1年の時、先生からとても叱られたことがあります。

当時、学校近くの繁華街で発砲事件があり、治安や安全上の理由から、生徒は学校が終わったら寄り道せずに帰宅するよう厳しく指導されていました。ところが、その指導を守らず、相変わらず外で友達と遊んでいました。

ある日、たまたま見回りをしていた先生に見つかり、そのまま学校に連れ戻されたことがありました。すでに帰宅していた担任の先生も学校から呼び出され、一緒に職員室にいました。もちろん、こっぴどく怒られました。

でも、怒られたことよりも私の印象に強く残っているのは、担任の先生が泣いていたことです。「お前ら何で寄り道せずに帰らなかったんだ」と涙を流しながら、机の上に正座させられた私たちを問い詰めました。真面目で、ガッシリした体つきの柔道家の先生が涙を流している姿を見て、非常に衝撃を受け、自分のしたことの重大さに気付かされると共に、とても申し訳ないことをしたと心から思いました。

この時の様子は今でも時々思い出します。このことは、子供の私にいろいろなことを教えてくれました。例えば、社会にはルールというものがあり、それをきちんと守らなければいけないこと。人の話はちゃんと聞くこと。自分が悪いことをすれば、自分一人だけでなく、組織の中のいろいろな人に迷惑をかけること。これらは、今も、私の無意識の行動規範になっていると思います。ある意味とても貴重な体験でした。

(ライター 猪瀬聖)

(下)中学1年で相対性理論を考える 海城生は起業家向き >>

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連企業・業界

企業:

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン