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日本人審判、W杯で存在感 代表チームしのぐ活躍
サッカージャーナリスト 大住良之

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2018/4/6 6:30
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ブラジル大会開幕戦で審判団を務める(右から)相楽副審、西村主審、名木副審(14年6月12日)

ブラジル大会開幕戦で審判団を務める(右から)相楽副審、西村主審、名木副審(14年6月12日)

3月29日、国際サッカー連盟(FIFA)は6月14日に開幕するワールドカップのロシア大会を担当する主審36人、副審63人、計99人の審判員を発表した。日本からは佐藤隆治主審(1977年愛知県生まれ、大会開幕時には41歳)と、3大会連続の相楽亨副審(76年栃木県生まれ、41歳)の2人が選ばれた。日本代表チームは98年フランス大会で初出場を果たしたが、日本人審判員はそのずっと前からワールドカップの舞台で活躍してきた。今回はその「系譜」を追ってみよう。

最初に、どうしたらワールドカップで審判を務めることができるのか、その「道筋」を簡単に紹介しておこう。日本の審判制度は「4級」から「1級」まで4つの階級があり、1級の中でもトップクラスであるJリーグを担当する審判員は、主審専門と副審専門に分かれる。さらにその中から、日本サッカー協会が国際試合を担当できる国際審判員(主審・副審)を推薦し、FIFAに認められるという形になっている。2018年の日本の男子国際審判員は主審が7人、副審が9人だ。

70年の丸山氏から連なる系譜

こうして国際審判員になると、まずアジアの中で試合を担当し、そこで高い評価を受けたごく少数の審判員がワールドカップの候補となり、FIFAの研修会やFIFA主催の大会(U-20=20歳以下=ワールドカップや五輪など)を経てワールドカップ本大会審判員として選ばれることになる。

この狭き門に、日本の審判員は98年フランス大会から6大会連続で選出されてきた。偉業といっても過言ではない。だが「日本人最初のワールドカップ審判員」となると、そこからさらに時間を30年近くさかのぼらねばならない。

70年メキシコ大会に出場した丸山義行さん(31年栃木県生まれ、当時38歳)である。中央大時代に審判員となり、61年、29歳で国際審判員となった。64年東京五輪と68年メキシコ五輪の審判員に選ばれ、特にメキシコでは高い評価を受けて70年ワールドカップに招集された。

当時は大会前にFIFAが研修会をするわけでもなく、何も事前の情報がないままメキシコに行くと、欧州勢はとっくに来ていて、結局丸山さんに任されたのは1次リーグD組、6月2日にレオンで行われたペルー―ブルガリア戦の線審(現在の副審)だけだった。

日本代表チームが低迷していた70年代から80年代、日本の国際審判員にも活躍の機会は少なかった。だが「世界の舞台」への復帰は、代表チームよりも審判の方が早かった。

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