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中田浩二氏「常に挑戦」 筑波大大学院に進学

元サッカー日本代表

元サッカー日本代表の中田浩二氏(38)は2014年の引退後、多くのサッカー選手とは異なり、スポーツビジネスへの道を歩み始めた。現在はJ1鹿島でクラブ・リレーションズ・オフィサー(CRO)としてスポンサー対応に追われたりイベントを企画したり、多忙な日々を送る。そんな中、4月から筑波大大学院に進学し、2年かけて社会工学を専攻する。挑戦を続ける中田氏に、進学を決めた経緯やCROとしての日々、今後の目標などを語ってもらった。

「安定求めたら先はない」

中田氏は4月から筑波大大学院で社会工学を専攻する

――進学を決めた理由は。

「話を聞いて、行ってみたいと思った。サッカーの知識はあるけれど、学力というか(数字やデータなどの)知識が人より乏しい。引退して現場にいくなら、そんなに必要ないのかもしれないが、事業部にいるのでそういうところが必要になる」

――社会工学へのイメージは。

「とにかく、難しそうというか。あまり聞かないのでイメージがわかなかった。ただ話を聞いていると、数学的にどうアプローチするか、データでどういうことを抽出するか。本当に今の仕事に合っていると思った」

――大学院と聞いて腰が引けなかったか。

「飛び込んでみないとわからないことは多い。それは選手時代に海外に行って学んだことでもある。最初はうまくいかないことが多い。では、なぜうまくいかないかを考えてみる。次、移籍してそれを実際に試してみるとうまくいくことがある。それはサッカーだけではないと思う。安定を求めたら先はない。常にチャレンジをして幅を広げていければいいかなと思う」

――CROとして日々どのように過ごしているのか。

「午前9時に出社して、定時が午後5時半。基本的にCROはアンバサダーのような形だが、毎日出社して、業務をこなす。鹿島では業務もしっかりやる。事業部の中でもマーケティンググループにいるので、集客やイベントをどうやってやるか考える。会議にも出る。それ以外でもフロント、スポンサーの対応など。対スポンサーや地域連携ももちろん、メディアとも関わる。あとは鹿島のスクールも週に1度回って、子どもたちと接する機会を増やしている」

――昔から経営側に興味があったのか。

「引退が近づいてきて、また自分の立場も変わっていく中でいろんな人と接する機会があり、おもしろそうだなと思った。サッカー選手は引退したら現場、という方向に行ってしまう。どうしてもみんなサッカーしかやってこなかったのでどうしていいかわからない。監督やコーチ、育成へと行く中で、どうしてもそこを変えたい気持ちもあった。セカンドキャリアで選手が経営に入れば日本の選手がもっとよくなっていくと思う。そのへんも踏まえて、事業部の方に行きたいと思った」

――経営側のどんなところに魅力を感じたのか。

「今まではサッカーしか知らなかったが、それ以外のいろんな部分に魅力を感じる。たとえば1試合やるにしても、僕らはサッカーだけやればいいと思っていた。だがその1試合が行われるまでにいろんな人が携わって、チームを支えてくれているからこそ、試合が成り立つ。そういうのが新しい発見だった。それを見ることはやはり大事だと思うし、実際に関わることで楽しさや充実感が出てくる。それをやはり選手に伝えたいと思う」

選手とフロント、互いに気遣い

――中田さんが経営側に入るまで、選手とフロントの距離感など、こんなふうにアプローチしてほしいなどと感じた経験があったのか。

「鹿島は会社もグラウンドも同じ場所にあるので多少の交流、顔合わせはするが、他のチームだったら本当に場所が分かれている。だから実際、選手は誰が働いているかわからないと思う。フロントも選手にサッカーに集中してほしいから、気を使う。本来ならばこれぐらいやってほしいと思っても選手には言えない。逆に選手もフロントの姿が見えないから、普段何やってるのかと思うこともある。お互いが見えないところが多くて、気を使っている。僕はマーケティングサイドとしてこれぐらい選手を使っても大丈夫とか、たぶんこれ以上やっては選手の負担になる、と言える。逆に選手の側も(フロント側に)これぐらいやってほしいと思うところがある。うまく間に入ってやれているとは思う」

――中田さんが間に入り、イベントなどで変えた部分は。

「たとえばSOCIOフェスタという、年間シート購入者へのイベントに対しても、選手の意見を取り入れられる。今まではフロントである程度形を作って、1~2週間前に選手に対し『SOCIOでこれをやってほしい』と。現役のときはそうだった。でも僕には情報があるので(選手に)2カ月ほど前に『こういうことやりたいと思っている』と伝える。『やりたいことあるなら一応上に言ってみるから言ってね』とコミュニケーションをとるようにしている。ただやらせたり、やらされたりする関係ではなくなってきていると思う」

――CRO4年目。業務で自分に足りないと感じる部分は。

「サッカーをやっていて、物事の判断は速くできる。じゃあ、それが論理的に説明できるか、ちゃんといろいろ考えたうえでの判断になっているかがまだわからない。自分の知識が不足している。みんなが普通にやっている実務も時間がかかり、まだまだと思う。パワーポイントをつくるにしても時間がかかり、どういう資料を使えばいいかという判断が不足している」

――CROの経験を踏まえ、大学院では何を身につけたいか。

「データの扱い方といったスキル。知識も増やしたいし、数学的な部分、数字から何を導けるかとか、何をやればよいかとか。それは鹿島での集客に直接つながると思う。基礎知識をもっともっと身につけていかないと、これから仕事をこなせていけないと思う。勉強だけではなく知識と人脈が広がれば自分の(人間の)幅になって返ってくる。いろいろなことを見るのが大事」

村井チェアマンはJリーグの様々な改革を行ってきた=共同

――スポーツ関係者がいない場所に通うのは初めてになるのでは。

「そう思う。筑波大や早大とか、スポーツ関係で学びにいく人は多い。でも僕の目的はそっちではない。スポーツビジネスだとどうしてもそっち(サッカー)に寄ってしまう。逃げちゃいそうで、自分が。論文も含めて。社会工学だと(直接スポーツには)結びつかない。そういう意味では逃げ場がない」

「進学、チェアマン目指す過程に」

――今後の目標がJリーグチェアマンと聞いている。いつごろから思い始めたのか。

「こちらの世界(経営)に入ってから。やるからには上を目指さないといけない。鹿島のスクールを回る中で、子どもたちに夢を持ってほしいと思う。大きな夢を持って、それに向かってチャレンジしてほしい。そう言っておいて自分に夢がなかったらずるい。自分もやるなら一番上。Jリーグをよくしたい、日本サッカーをよくしたい。そのためにはチェアマンにならなきゃいけないと思う。チェアマンになるにはいろんなことをやらないといけない。その過程に筑波大大学院への進学もある」

――現在、どんなところを変えていきたいと思っているのか。

「村井(満チェアマン)さんが今、スポーツ動画配信サービスDAZN(ダゾーン)と契約するなど、Jリーグをいろいろ変えてくれている。でも日程など、本当に選手ファーストかと思う部分もある。17年の日程では、鹿島と川崎が優勝争いしているのに試合日が全然違った。盛り上がるべきところで盛り上がれていなかったし、選手も調整が難しかった。選手だけの目線はだめだし、マーケティングだけの目線でやるのも選手のためにならない。そこでバランスを取れるのは選手出身の人間ではないかと思う。マーケティングなどの知識を身につけられれば、バランスをちょうど取れるようになるのではないかと思う」

(聞き手は堀部遥)

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