/

PR映像 無難はまっぴら

森ビル、映画監督の押井守とタッグ

「これでおまえもクビだな」――。居並ぶ役員たちに、そう言われた時、メディア企画部部長の矢部俊男(56)は特に驚かなかった。2000万円もの予算を使って作った六本木ヒルズのプロモーション映像「東京スキャナー」。出来が悪いのなら当然だ。ただ、1人だけは「クビ」だとは言わなかった。当時、社長だった森稔だ。

2003年4月、複合施設六本木ヒルズ(東京・港)は開業した。貸し床面積18万平方メートルのオフィス、同4万平方メートルの商業施設……。ただ、53階の美術館のオープンは10月から。「それなら美術館のスペースをうまく作って都市の展覧会をやってみたらどうだ。六本木ヒルズのPR映像なんかも作って。矢部、おまえが仕切れ」

森稔からそう言われて矢部は張り切った。30歳代で父親を亡くした矢部。「森稔は父親の代わりのような存在だった」。森稔が都市の展覧会で何を見せたがっているのか、瞬時に理解した。「東京という都市が変わる。六本木から変わる。そのイメージをみんなに伝えたがっている」

まず着手したのが模型づくり。実物の1000分の1の大きさで都市を再現していく。現場に行き写真を撮り、一つ一つ忠実に細部にこだわりながら作り込んでいく。

「技術は身に付けておくもの。コンサルティング時代に取得した1級建築士の資格と『アーク都市塾』で学んだIT(情報技術)の知識が生きた」。港区とその周辺の街の様子をすっかり実物同様に再現、東京の中で六本木ヒルズがどこに位置し、どれだけの規模で、どんな都市機能を担うのか、模型を上から眺めれば一目瞭然だった。

問題はもう1つのプロモーション映像の方だった。

20年近くの歳月と総事業費2700億円を投じた六本木ヒルズだ。400人の地権者と5つの町内会を粘り強く説得し、必死で1つの敷地をまとめた。そんな苦難を乗り越えてきた六本木ヒルズを「陳腐な音楽とキャッチコピーで無難にまとめるのはまっぴらだった」。

選んだのが映画監督、押井守とのコラボだ。押井は日本を代表する映画監督で04年に発表した「イノセンス」がカンヌ国際映画祭のコンペティション部門にノミネート、08年の「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」はベネチア国際映画祭コンペティション部門にノミネートされた。

そんな押井とは都市模型が縁で知己を得ていた。矢部が作った都市模型に押井が興味を持ち押井の方から声をかけてきてくれたのだった。矢部が六本木ヒルズのプロモーション映像づくりを手伝ってもらいたいと持ち掛けると押井は言った。

「いいですねえ。やりましょう」

押井はプロモーション映像に矢部に「まずストーリーを考えることが大切」とアドバイスを与えた。そして旧約聖書の創世記に登場する「ソドムどゴモラ」のくだりのイメージで行こうと提案した。神が街を焼こうか、救おうか。そんな目で街を眺めている筋立てで東京の街を描こうというのだ。

音楽も優美というよりはピリピリするような緊迫のある音、それをバックに東京の街のポイントを一つ一つ「神の目」でチェックしていくという調子だ。

六本木ヒルズはほとんど出てこない。「何だこれは。クビだ」。役員たちの批判も無理はなかった。=敬称略

(企業報道部 前野雅弥)

[日経産業新聞 2018年3月26日付]

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン