シャープは新規事業を生み出そうと、スタートアップとの連携や社内ベンチャーの設立など新たな取り組みを加速している。親会社の鴻海(ホンハイ)精密工業主導で経営を再建しているが、将来の成長をけん引する新規事業の創出は果たせていない。得意の液晶や製造技術の応用とスタートアップの視点を組み合わせ、「化学反応」を起こそうとしている。
「2019年度までの中期経営計画の目標達成に全力を挙げる。有言実行だ」。東証1部に株式が再上場した昨年末の会見で、戴正呉社長は宣言した。ただ業績回復の主な要因は調達コスト削減や鴻海の販路を通じた販売拡大など収益構造の見直し。次の成長については「高精細な8K映像と『IoT』がキーワード」(戴社長)と語るだけで、具体的な形や成果は見えてこない。
新規事業創出に向けた種まきは研究開発事業本部が担う。その1つが16年に始めた「モノづくりブートキャンプ」。総合開発センター(奈良県天理市)にスタートアップの経営者ら10人前後を集め、10日間の合宿形式で製品設計や品質管理など「ものづくりの基礎」となるノウハウを伝授する。講師はシャープのベテラン技術者だ。
これまで6回開かれ、計23社・団体の41人が参加した。福岡市のITベンチャー、tsumug(ツムグ)が製造するスマートロックは鍵がなくてもスマートフォンアプリを認証してドアを解錠する。同社はブートキャンプで学んだ技術を活用して製品を開発し、生産している。
研究開発事業本部の金丸和生所長は「ツムグのスマートロックはIoT家電を含む『スマートホーム』とシナジーがある。将来はシャープの事業部と連携するなど可能性を広げたい」と今後の成長を期待する。
17年には研究開発事業本部の材料・エネルギー技術研究所から同社で初めて社内ベンチャー「テキオンラボ」が発足した。シャープの液晶技術を応用し新しいニーズを開拓しようとしている。
固体でも液体でもない液晶は、ディスプレーを表示するため一定の温度に保つ技術が不可欠。この技術を応用し、日本酒をマイナス2度に保つ保冷材を開発した。石井酒造(埼玉県幸手市)と組み、マイナス2度に保冷した新商品「冬単衣」を発売した。
テキオンラボの西橋雅子代表と、液晶技術に詳しい内海夕香開発リーダーは「様々な温度で凍るのは面白いので、なんとか世の中に出したかった。シャープと言えばやはり家電。新技術で家電に貢献したい」と開発のきっかけや思いを語る。保冷材で従来の「冷やす」「温める」ではなく、「適温」にするという新しい価値を提案する。
西橋代表が新規事業を任されたのは16年6月。約9カ月後の17年3月には製品販売にこぎ着けた。西橋代表は「一刻も早く商品化し、今回の取り組みが次につながるようにしたい」と話す。
シャープは国内初のテレビ量産や世界初の液晶表示電卓の開発など発明を繰り返してきた。金丸所長は「昔のシャープはもっと失敗を恐れずにチャレンジする風土があった」と振り返る。経営危機で多くの技術者が去ったが、危機を乗り越えた今、残った社員たちがシャープらしいものづくりを取り戻そうとしている。
戴社長が進める改革は研究開発体制にも及ぶ。16年8月には研究開発本部を「研究開発事業本部」に改称した。新たに加わった「事業」の文言に込められた狙いは、収益追求だ。
戴社長はシャープのコスト意識を「金持ちの息子のよう」と断じたことがある。コスト意識を徹底することで、技術開発が早期にビジネスにつながると考える。
例えば、モノづくりブートキャンプ。ベンチャーであっても、無料で参加できる訳ではない。シャープは参加費として1社2人につき85万円を求めている。大手とベンチャーが連携するプログラムでは異例だが、金丸所長は「有料にすることで議論の質が高まる。コスト意識を持つことで活動も続く」と強調する。
シャープは2019年度までの中期経営計画で売上高3兆2500億円、営業利益は薄型テレビが好調だった07年3月期に迫る1500億円を目指す。課題は業績回復後の成長戦略をどう描くか。東芝のパソコン事業買収へ向けた協議を始めるなどM&A(合併・買収)をテコにして多角化を目指している。
(大阪経済部 千葉大史)
[日経産業新聞 2018年4月2日付]