不本意な異動、くよくよしないで 適応力は最大の武器
ダイバーシティ進化論(出口治明)

4月に入り、新年度が始まった。新しい仕事や職場に異動した人も多いだろう。自分が働きたい場所で、やりたい仕事をして生きていければ幸せだ。しかし人間の歴史を振り返ってみると、それはむしろまれなことだと分かる。
17世紀のイタリアの聖職者ジュール・マザランはローマ教会に仕えていたが、フランスとの戦争を終結させるための降伏の使者になれと命じられた。仏軍率いるリシュリューを相手に降伏交渉にあたると、その能力を評価され、最終的にはフランスに引き抜かれてしまう。マザランはローマ教会での出世をあきらめ、フランスで政治の道へ。幼いルイ14世を支え実質的な宰相として国を率いた。
古代中国の劉邦は、たまたま招かれた宴席で有力者・呂公に気に入られ、娘(のちの呂后)との結婚を強いられた。流れに身を任せ結婚を受け入れたことで、劉邦は呂公の後継者に。始皇帝の死後の戦乱を制し、西漢の初代皇帝となった。
これらの史実が物語るように、人生は「想定外」の連続だ。問題は想定外にいかに適応するか。歴史に名を残した人物は、どんな状況に置かれてもいち早く適応し、そこで力を発揮して偉業を成し遂げている。
僕の人生にも数々の想定外があった。大手生保に勤めていた55歳のとき、トップと意見が異なったため子会社に異動となった。「適性を考えていないなぁ」とは思ったが、落ち込みはしなかった。組織の人事とはそういうものだからだ。
出向先のビル管理会社では時間に余裕があったので、勉強して宅地建物取引主任者(現・宅地建物取引士)とファシリティマネジャーの資格を取った。旧友との親交を深めたことがきっかけで、東大の総長室のアドバイザーを務める機会にも恵まれた。生命保険に関する本を初めて書き上げた。友人が、生保をつくりたいという投資家に引き合わせてくれて、ライフネット生命を起業した。どれも子会社に異動しなければ経験できないことだった。
働いていれば、不本意な異動や、やりたくない仕事を課せられ、落ち込むこともあるだろう。しかし、くよくよ考えていても何も変わらない。気持ちを切り替え、与えられた環境にいかに適応し、その中でどう楽しく生きるかを考えたほうがずっといい。ダーウィンが言うように、適応力こそが、変化の時代を生き抜く最強の武器になる。

[日本経済新聞朝刊2018年4月2日付]
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