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Jリーグで若手躍動 東京五輪へ世代交代の予感

2018年の明治安田生命J1リーグが始まって4節がたった。ナショナルチームの活動期間に入り、一時中断しているシーズン序盤を私なりに概観すると、いくつかの新しい傾向が見られる。それが20歳前後の選手の積極的な活用という顕著な動きであることを、とてもうれしく思っている。

風間監督の英断、CBに17歳

明らかに若い息吹の台頭を感じる。例えば、J1に1年で返り咲いた名古屋は開幕から17歳の菅原由勢をCBで使い続けている。CBといえば、最終ラインの要のポジションである。そこに名古屋のアカデミー(育成組織)出身とはいえ、ルーキーを抜てきするなんてことはなかなかできないことだ。風間八宏監督の英断に心からの拍手を送りたい。

風間監督の抜てきに応え、名古屋の菅原は見事にCBの仕事を果たしている=共同

普通というか、常識にとらわれていてはできないことを実行できるのは監督が自分の目を信じているからこそだろう。名古屋のアカデミーの指導者たちにも大いなる励みになることは間違いない。

菅原自身は、昨年出場したU-17(17歳以下)ワールドカップ(W杯)インド大会で、イングランドなどとしのぎを削ってつかんだ自信と悔しさが大きな糧になっているのだろう。

菅原だけではない。同じU-17W杯インド大会組ではG大阪の中村敬斗、FC東京の久保建英もJリーグで出場機会をつかんだ。久保と中村はカップ戦のルヴァン杯でゴールも決めた。実に頼もしい世代である。

ただし、世界の同世代に目を転じると手放しで喜んでばかりもいられない。そのインド大会で優勝したイングランド代表は決勝トーナメント1回戦で日本にPK戦で競り勝ち、最終的に栄冠を手にしたが、大会最優秀選手のフィル・フォーデン(マンチェスター・シティー)は既に欧州チャンピオンズリーグにデビューした。名将グアルディオラ監督の覚えもめでたいらしい。

同じくイングランド代表のジェドイン・サンチョも移籍先のドルトムントでブンデスリーガにデビュー済み。ドイツ代表で5得点を挙げ、ベスト8入りに貢献したヤンフィーテ・アルプ(ハンブルガーSV)も今季のブンデスリーガでゴールを決めた。世界もまたこの世代の強化に力を注いでいるわけである。

熱帯びる東京五輪代表争い

20年東京五輪で主力となる世代の進境も著しい。U-17インド組よりカテゴリーとしては1つ、2つ上になるグループで、一生に一度の機会であろう「東京五輪の日本代表」を目標に据えて、がぜんやる気を出しているように見える。W杯ロシア大会を目指すフル代表候補の選手たちよりも「熱」を感じるくらいだ。

例えば、十代では鳥栖のFW田川亨介(19)や鹿島のドリブラー、安部裕葵(19)、J2岡山のCB阿部海大(18)らがいる。阿部は正月まで東福岡で高校選手権に出場していたとは思えない堂々たるプレーをJリーグでも披露している。フローニンゲンの堂安律(19)やシント・トロイデンの冨安健洋(19)は一足先に海外へ雄飛した。

オーバーエージ(OA)を除いて23歳以下の選手で戦う五輪で、2年後にその年齢にぴたりとはまる年代の動きも活発だ。柏のCB中山雄太(21)はコンスタントに試合に出ているし、昨季J1優勝を果たした川崎から出場機会を求めて移籍した同じく21歳の三好康児(札幌)や板倉滉(仙台)も新天地で戦力になっている。柏のユース時代に対戦相手だったハンブルガーSVに潜在能力を見込まれてスカウトされた伊藤達哉(20)のようなユニークなFWもいる。

プロスポーツの世界では、与えられた環境で淡々とこなすだけ、チャンスを待つだけではあっという間に周回遅れにされる。出番を求めた先で成功する保証はないけれど、それでも自分の中でのぎりぎりの葛藤の中から生まれた答えを優先し、移籍を「吉」に変えるたくましい選手たちがいる。1週間もあれば世界は変えられるという、この世界の生きた見本だろう。

そういう若者たちの躍動を見るにつけ、私には東京五輪が触媒になって日本のサッカー界に大きな世代交代のうねりが起こるような予感がある。

「力が同じなら若い方使え」

プロスポーツでは「力が同じなら若い選手の方を使え」とよくいわれる。これはあらゆる業種に通じることかもしれない。同じ投資をするなら、長期にリターンが見込まれる者の方が成長率を期待できる。

一方で監督は、毎回の試合に勝たなければならず、若手を育てるために目をつぶり、"捨てゲーム"をつくることはできない。それは下部リーグへの降格がないプロ野球などにだけ許される論法だろう。サッカーの監督たちが十代の選手を使うのは育てることを優先しているのではなく、その選手を使っても勝てる見込みがあってのことだ。監督たちにそう思わせる20歳前後の選手が増えているのは本当に素晴らしいことだ。

21歳の三好(左)の活躍の裏には選手の能力を見抜くペトロビッチ監督の確かな眼力がある=共同

チーム自体が若々しく生まれ変わった札幌や清水のようなところもある。札幌は先発選手の平均年齢がぐっと若返った。そこには選手の可能性を見極めるペトロビッチ監督の、前に指揮を執った広島や浦和でも発揮された眼力の確かさを感じる。才能の伸びから逆算してチームを建設する同監督の面目躍如だろう。

21歳以下の選手の先発出場が最低1人は義務付けられるルヴァン杯でも若い才能が輝きを放っている。若いだけに失敗もするけれど、小さな成功を土台に少しずつ成長を積み上げていく彼らの姿は、三寒四温の後に春が来るかのようで、目にする私も幸福感で満たされる。

また、そうやって大地から芽を出し、つぼみを膨らませようとする選手の姿を見るにつけ、肥料や水をきちんとあげて育てられるクラブと、枯れさせてしまうクラブの力の差を痛感するのである。

開幕からスタートダッシュに成功したチームがある一方で、つまずいたチームがある。例えば、現在(第4節終了時)、1分け3敗で最下位に沈むG大阪は中心選手のMF今野泰幸がケガで出遅れたことですべての歯車が狂った感がある。昨季、主力に成長した井手口陽介(クルトゥラル・レオネサ)が移籍した穴がこれでさらに大きくなった。ベテランの今野がいれば、ここまでつまずくことはなかったはずだ。

チーム安定してこそ輝ける若手

今野と井手口の穴を埋めるために、G大阪のクルピ監督はここまで若手を積極的に起用している。その姿勢は素晴らしいが、若手の成長にはチームの安定感も必要だから大変だろう。幹がしっかりしていることで、若手はプレッシャーを感じずに伸び伸びと自分のプレーに専念できるからだ。負けが先行して星勘定が苦しい中で使われる若手は、勝敗のストレスにもろにさらされることになる。チームの屋台骨を自分が支えなければいけないような重圧を感じる。その結果、自身の実力と責任の大きさにアンバランスが生じるわけである。

そういう意味で、いぶし銀の中堅選手や後見役のベテランがピッチ上にでんと構えていてくれると若手も躍動しやすい。「試合の責任は俺たちが取るし、勝敗の責任は監督が取るんだから、お前らは自分のプレーをしっかりやればいい」とプレーでも言葉でも若手に語りかけ、励ましてくれる存在である。

若手の使い方でもう一つ注意したいのは、彼らは一本調子では伸びていかないことだ。練習中から「いいな」と思うときもあれば、「こりゃダメだ」と思うときもある。そのばらつきは当然ながら激しい。そういう選手でも辛抱して使うことは大事だが、ダメなときは前半だけですぱっと代えるようなことをしてもいいと思っている。「今日の君にはまったく満足させてもらえなかった」というメッセージを添えて。ただし、それは「君を見限った」ということではないこともしっかり伝える。「次のチャンスを生かせ」と。

要は「チャンスを与えられる」ことと「使われ続ける」ことの意味の違いを若いうちからしっかり認識させるということだ。選手には段階があり、「スターティングメンバー」「レギュラー」「リーダー」はそれぞれ違うということを分からせるのである。

スタメンとレギュラーの違い

たとえば、スタメンとレギュラーの違い。私流の解釈では、シーズン前もシーズン中もレギュラーというものは存在しない。長いキャンプを経て開幕前に開幕戦のスタメンが決まる。しかし、それはその試合限りのものである。次の試合に向けた1週間の練習の間に再び競争は繰り広げられ、第2節のスタメンが決まる。当然、そこには前の試合の出来も選考材料となる。そうやってJ1リーグなら全34試合のスタメンの座を勝ち取る競争が、来る日も来る日もシーズン中は繰り返されるわけである。

レギュラーとは、スタメンの座を毎試合勝ち取り続けた末に結果として表れるものなのだ。だから、長いシーズンが終わった後で「俺って今季ずっと先発で使ってもらえた。レギュラーだったんだ」とかみしめることは許されるけれど、その喜びもつかの間にすぎない。次のシーズンに向け、新たな戦力も加えて、スタメン獲得の競争はリセットされるからだ。レギュラーとはすべて過去形で語られるものといってもいい。

それほど厳しい競争社会なのだから、若手だからといって特別扱いが許されるはずがない。ダメなら外し、競争の繰り返しの中で良くなったら戻す。これは選手の年齢、経験などに関係なく、この世界の掟(おきて)といえるものだろう。

スタメンはいわば、試合と試合の間の練習で1週間努力した証し、それを1年間頑張り続けた証しがレギュラーなのである。そう考えると、強いチームほどBチーム(2軍)が強いといわれるのも分かっていただけると思う。練習段階から厳しい競争があって「こいつなら仕方ない」と証明した選手がスタメンを勝ち取れる。試合で勝たないとすぐに取って代わる選手がいるから、練習と試合の別なく、とにかく気が抜けない。その緊張感がチームをハイレベルな状態に保つわけである。

リーダーは、そんな競争を10年くらいにわたってずっと勝ち抜いた者しかなれないものだ。とてつもない安定感を実証し続けた選手にしか「リーダー」という手形は切れない。

「パシュート型」マネジメント

こういう階層に応じた選手の使い分け、マネジメントで、卓越していたのがマンチェスター・ユナイテッドのサー・アレックス・ファーガソン元監督だった。27年間にわたって名門マンUを率いたこの名将は、すべてにおいて総合的に判断し実行できる監督だった。

チームづくりに関しては綿密な計画を練って3年、5年くらいのスパンで選手を入れ替えていった。幹と頼む選手でもチームのためにならないと判断するとためらうことなく伐採した。試合でもAとBチームをつくって交互に入れ替えて使うような単純なターンオーバーをしなかった。前の試合から選手を変えるにしても、2、3人単位で手を加えることを好んだように思う。

それは試合の中で、自分の分身であるかのようなリーダーを大事に使うことと関係していたように思う。ピッチの要所にリーダー的な選手を置いて彼らを風よけに使うことで、抜てきされた若手や新戦力は引っ張られるように伸び伸びとプレーできた。

名門クラブゆえに勝ち負けによる重圧は半端ではないが、そんな外圧に対しては監督自身が風よけになる。そういう勇気の示し方を貫くことで、選手をゲームにフォーカスさせて勝利に貢献させた。引っ張る者も引っ張られる者も混然一体、チーム一丸になってゴール(勝利と優勝)を目指した。

そういう、スピードスケート競技の「パシュート」を連想させるようなマネジメントで、いまだにサーの称号を持つファーガソンさんを越える監督はいないと思っている。

(サッカー解説者 山本昌邦)

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