男子マラソンに復活の兆し 2年後のメダルは?
編集委員 北川和徳
低迷していた日本の男子マラソン界に2017~18年シーズン、明るい兆しが見えてきた。2月下旬の東京マラソンで設楽悠太(26、ホンダ)が2時間6分11秒と快走し、16年ぶりに日本記録を更新。井上大仁(25、MHPS)も日本歴代4位の2時間6分54秒で続いた。17年12月の福岡国際では大迫傑(26、ナイキ・オレゴンプロジェクト)が2時間7分19秒をマークしている。昨年夏からスタートした20年東京五輪の代表選考に直結する「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」シリーズの効果が初年度からさっそく現れたともいえそうだ。2年後の東京で28年ぶりとなる五輪のメダル獲得へと順調にステップアップしていけるだろうか。

16年ぶりの快挙を機に過去の歴史を振り返ってみた。日本の男子マラソンの記録が時間が止まったかのように停滞していたことにあらためて驚かされる。
今世紀に入って世界のマラソンは東アフリカ勢の台頭によって急激に高速化が進んだ。世界記録は2時間5分42秒からデニス・キメット(ケニア)の2時間2分57秒までレベルアップ。すでに世界では2時間5分以下で走ったランナーがケニア、エチオピアに集中して約40人も登場している。
一方、日本勢は00年の福岡国際で藤田敦史(当時富士通)が2時間6分51秒の日本記録を樹立。02年10月にはシカゴで現在カネボウ監督の高岡寿成が2時間6分16秒をマークした。しかし、これを最後に記録の伸びはストップ。日本人ランナーによる2時間6分台すら記録されていなかった。
■記録更新の背景に高速コースあり

18年の東京では設楽悠と井上が一気に6分台に突入した。これまでの停滞ぶりを考えれば信じられないほどの好記録だ。その理由を考えるとき、そのレースが東京マラソンだったというのは見逃せないポイントになる。
東京のコースは前回大会から大きく変わった。ゴールが臨海部の施設から東京駅前に変更。終盤のアップダウンがなくなり、東京都庁前をスタートして序盤に下った後は、ゴールまでほぼ平たんで風の影響も受けにくい高速コースとなった。
主催者側も有力ランナーを招待して優秀なペースメーカーを用意するなど、世界記録樹立を狙った運営をしている。この結果、17年大会はウィルソン・キプサング(ケニア)が日本国内のレースで初めて2時間3分台をマークして優勝した。
今回は連覇を目指したキプサングが体調不良でレースペースが想定通り上がらなかったことも、結果的に日本選手の好記録を助ける形になった。17年のキプサングは最初の5キロを14分15秒で入り、以後も先頭集団は30キロまでの各5キロを14分30秒から40秒前後の国内レースでは過去に例がない高速ラップを刻んだ。設楽悠、井上は昨年も出場していたが、とてもついていけなかった。

ところが今年は「キプサングの体調が万全ではなく、彼のペースがあまり上がらなかったので途中でペースメーカーの設定を遅くした」(早野忠昭レースディレクター)。キプサングは結局、途中棄権。レースは最初の5キロを14分40秒台で入り、以後は1キロ3分弱、各5キロ14分55秒前後の日本のスピードランナーが日本記録を狙うに最適なペースで進んだ。
それでも日本人ランナーにとってハイペースであることは間違いない。このペースで30キロまで余裕を持って追走できたことが設楽と井上の好記録につながった。トラックで2人を上回るスピードを持つ大迫が福岡国際でなく東京に出場していたとしても、彼らに匹敵する走りを披露していただろう。日本には条件がよければ2時間5分台を狙えるランナーが少なくとも3人はいる。それを示せたのは今シーズンの大きな収穫だった。
■終盤のペースアップをどう実現

とはいえ、世界との差は歴然としている。ケニア、エチオピア勢が記録を目指して出場する高速レースは各5キロが14分30秒から40秒のペースで進むのが当たり前。そしてペースメーカーが離れる30キロ以降、さらにスピードを上げて世界記録に迫っていく。それに対して今回の設楽悠も井上も終盤に粘れたとはいえ、35キロから40キロの5キロは15分以上かかった。優勝したディクソン・チュンバ(ケニア)はこの5キロを14分44秒でカバーして勝負をつけた。
終盤の勝負どころで粘るだけでなく、どうすればさらにペースアップできるのか。これは日本のマラソンにとっての永遠のテーマともいえる。効果的なトレーニング法もいまだに確立されていない。過去の日本男子を振り返っても、前半から5キロ14分台のラップを刻み、35キロ以降にさらにペースを上げたランナーはいない。終盤に14分台前半までペースアップしないと東アフリカ勢には太刀打ちできないとなると、もはや遺伝的才能の違いともいえそうで、2年や3年ではどうしようもない気がする。
もっとも五輪のマラソンとなると話は別だ。勝負重視でペースメーカーは不在。有力ランナーがけん制し合う展開になりやすい。12年ロンドン大会も16年リオデジャネイロ大会もアフリカ勢が勝ったが、男子の優勝タイムは2時間8分台だった。まして2年後は高温多湿で酷暑の東京。コースはまだ確定していないが、新国立競技場がゴールとなれば終盤はだらだらと続く上りが控える。
これまでのように最高の条件でも2時間7分台の走力では相手にならないが、5分台、6分台のスピードを持つランナーが、地の利を生かして徹底した暑さ対策をすれば、日本勢も勝負できる可能性は十分あると思う。
19年の東京マラソンは2時間5分台の日本記録が期待できそうだ。設楽悠、井上、大迫の3強がどんなステップを踏んで19年秋に予定される代表決定レースに臨むのか。設楽悠は次は高速レースで知られるベルリン(9月)でさらに記録更新を狙い、井上は酷暑を意識してアジア大会(ジャカルタ、8月)を走るという。久々にマラソンが楽しみになってきた。