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妻の遺した言葉が突き動かす

向き合う~NPO法人がん政策サミット理事長 埴岡健一さん(1)

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22年前の1996年2月、米国駐在中に妻が白血病と診断された。米国で骨髄移植など治療を試みたが翌年3月、私と7歳の息子に見送られて妻は36歳で逝った。「命があれば、これからの患者さんがしなくていい苦労をしなくていいように尽くしたい」。妻の遺(のこ)した言葉が私を突き動かした。

帰国後の97年7月、まず1年余り書き続けた闘病記をインターネットで公開した。日本の骨髄バンクを支援するボランティアもした。...

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