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南紀白浜テレワーク天国 IoTの黒子が情報守る

バカンスを楽しみながら仕事にも精を出す「ワーケーション」(ワーク×バケーション)。ポストクラウド時代の究極のテレワークが海外のIT(情報技術)企業を中心に広がっている。日本で町ぐるみで名乗りを上げたのが南紀白浜。町全体をサテライトオフィスと見なし、堅固な情報セキュリティーで守る。黒子として支えるのが、スタートアップ企業のウフル(東京・港)だ。

ワーケーション、街ぐるみで

和歌山県白浜町。小高い丘の上に立つ「ITオフィス」の窓からは、青い海が眼下に広がる。入居するのは、米セールスフォース・ドットコムやNECソリューションイノベータなどのIT企業。ワーケーションを広げる目的で各社から派遣されてきた社員たちだ。

NECソリューションの阪口信吾氏もその一人で、白浜に転居して1年余り。同社からたった一人で送られたが「仕事をする上でここに居るデメリットは全く感じない」。オフィスでは会社の専用イントラネットにアクセスでき、ウェブ会議システムも利用できる。

夏になれば白い砂と青い海のビーチに海水浴客が押し寄せる白浜町。阪口氏もカヌーを始め、休日は海に出る。ITオフィスでも友人の輪が広がる。「各社のマネジャークラスの人たちと友達付き合いができます。会社対会社の関係じゃないところが良いですね」。大阪本社に籍を置きながら平日は東京出張が続いた1年ほど前までとは、生活が様変わりした。

阪口氏のような「滞在型」だけではない。ウフルの栗原洋介氏は自宅がある奈良県から、平日は大阪や東京のオフィスに通勤する。白浜町にも月に1度ほどのペースで通う。「通勤のストレスは無駄でしかない」と言うウフルの園田崇社長は社員の多様な働き方としてワーケーションという選択肢も取り入れた。

ITを活用して時間や場所にとらわれず柔軟に働くテレワークは、国も働き方改革の目玉の一つとして推奨する。しかし、総務省の2017年調査では導入企業は約2割にとどまり、4割超の企業が「情報セキュリティーの確保」を課題に挙げる。その課題に町ぐるみで取り組むのが、白浜町と入居企業だ。

阪口氏や栗原氏が安心して仕事に取り組めるのには理由がある。ITオフィスに設置されているのが耐災害型の地域分散ネットワークの「ナーブネット」だ。基地局が自動的に相互接続してデータを共有する。地震でどこかの鉄塔が壊れても直ちに別のルートで通信を確保する。

白浜町が災害時の通信対策として張り巡らせたネットワークだが、IT企業にとってメリットが大きいのが、外部のインターネットとつながるのが「ビッグU」と呼ばれる1カ所だけという点だ。外部との出入り口が一つしかないためセキュリティーを確立しやすい。その「門番」を務めるのが、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」開発のウフルだ。

年間200件超える視察

ウフルが開発した「エネブラー」は、膨大なデータをモノ(デバイス)の近くで分散処理するエッジコンピューティング技術を活用したシステム。デバイス間で情報を直接やりとりし、必要な情報だけを玄関(ゲートウエー)からクラウドに送り、通信量を抑える。機密データを拠点内に保持して漏洩リスクを抑える仕組みだ。これを白浜町に導入した。

タリーズコーヒーから白浜町役場に転じた坂本氏が企業の受け入れ体制を整える

ウフルは提携先の英半導体設計アーム・ホールディングスの技術も活用する。半導体チップの上でOSを動かす領域と、それを守る領域を分ける「トラスト・ゾーン」と呼ぶ技術で、流出させたくないデータだけを守るのに役立つ。

ITオフィスではこの2つの技術を搭載したデバイス「100G」を利用する。名刺入れほどのサイズで持ち歩き型サーバーのようなものだ。ナーブネットとパソコンにつながりデータを蓄積。白浜町から出てもナーブネットエリアに入れば自動で同期する仕組みだ。

ウフルはライブドアにに勤めていた園田社長が06年に創業。当時、米国で広がりつつあったクラウドを企業に使いやすいものにしようと立ち上げた。技術開発の焦点がクラウドからIoTに移る中、モノのセキュリティーで最先端を行くアームの技術に着目しパートナー契約を結んだ。

園田社長は「アームやNECと組み、ロンドンやサウジアラビアの新都市でもIoTを使ったスマートシティー事業に取り組みたい」と白浜町の次を見据える。

日本型ワーケーションの成功事例として注目される白浜町。町がハコモノを用意するだけでなく、ウフルやNECソリューションのように入居企業が技術を持ち寄り、働く環境を進化させているのが他に例を見ない特徴だ。年間の視察受け入れは200件を超える。

企業には実験場として使える利点もある。村田製作所が開発した「場の雰囲気」を読むシステム「NAONA(ナオナ)」。様々なセンサー類と人工知能(AI)を使って人の親密度などを計測して快適な場の提供につなげる。18年の商用化を目指すが、ITオフィスにも取り入れて利用データを積み上げる考えだ。

実は、白浜町の取り組みは一度頓挫している。ITオフィスは04年にオープンしたが入居企業がすぐに撤退した。ハコモノを提供するだけでは長続きしなかった。これを復活させたのが白浜町役場の坂本和大主査だ。タリーズコーヒージャパンから転職した坂本氏は14年からワーケーションの誘致活動を始めた。

入居企業が次々と新しいアイデアを持ち込むようになったのは、そこで働く社員たちの輪を広げたことが大きい。坂本氏は休日になると入居組をサーフィンや町のお祭りに誘い出した。今では町内の学校でプログラミング教室を開いてもらうなど互いに支え合う関係を築いた。企業誘致の結果、82人の新規雇用が生まれたという。

テレワークにバカンスの要素も加えたワーケーションはいわば「究極の働き方改革」。ウフルのようなITの黒子たちが新しい働き方の現場を支えている。

(企業報道部 杉本貴司)

[日経産業新聞 2018年3月16日付]

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