120兆のビッグデータ駆使 米西海岸から逆上陸
トレジャーデータ・芳川裕誠社長
米シリコンバレー発のビッグデータ分析専業、トレジャーデータ。120兆件ものデータを駆使して顧客が使いやすいサービスを提供する「ビッグデータの何でも屋」を立ち上げたのが、芳川裕誠・最高経営責任者(CEO、39)だ。起業の本場の投資家たちを口説き落とし、仲間2人と創業。日本にも「逆上陸」を果たし次々と大企業を顧客に取り込んでいる。
「OS屋」の人生変えた衝撃

日米を中心に300社以上の顧客を持ち、毎秒150万件の高速でデータを「爆蓄」するトレジャーデータ。消費者の行動ログなど膨大なデータをマーケティングや広告のツールに作り替える。原点はシリコンバレーで出合った米企業だった。
芳川氏は2009年、三井物産の投資担当としてシリコンバレーに駐在した。当時はリーマン・ショックのまっただ中。起業の聖地でさえイノベーションの動きが止まったかに見えたが、芳川氏はある技術に注目した。ハドゥープというデータの分散処理ソフトだ。
ハドゥープは誰でも使えるオープンソース。そこにヒットの予感があった。
芳川氏は早稲田大学在学中からソフト開発の米レッドハットに入社し、やはりオープン型のOS「リナックス」の成長を経験してきた。文系ながら高校生の頃から趣味でコンピューターを学び続けていた芳川氏は「僕はOS屋」と話す。オープンソースの成長力と目前に迫るデータ社会の到来。そのかけ算にビジネスチャンスを見た。
「おおげさじゃなく産業史の中ですごい出来事に直面していると思いました。まさに僕の人生を変える衝撃でした」
そのハドゥープを顧客が使いやすいようパッケージ化していたのが現地のクラウデラというスタートアップ企業だった。
だが難解な技術とビジネスモデルが本社には理解してもらえない。「この会社に投資できないで、なんで俺はシリコンバレーにいるんだ」。そんな疑念が、やがて起業への思いに変わっていく。
出会いは直後に訪れた。本社が認めないならクラウデラの技術を日本に売り込もうと、同社の共同創業者を連れて東京で体験イベントを開いた。そのサポート役を買って出たのが、人工知能(AI)開発のプリファード・ネットワークス(東京・千代田)の前身企業で当時CTO(最高技術責任者)だった太田一樹氏(32)だ。
シリコンバレーで「世界標準つくる」
気鋭のプログラマー集団として知る人ぞ知るプリファード。その技術陣を束ねる太田氏と、芳川氏は意気投合した。10年末、一時帰国した芳川氏はなじみのふぐ料理店に太田氏を呼んだ。
「俺は本気なんだ。一緒にやろうよ」
2人が考えたのが顧客企業がハドゥープをクラウド上で使えるようにするサービス。シリコンバレーの投資家を回ったが反応はいまいち。だが、ある大物投資家との出会いが2人の計画を前に進めた。ブロックチェーンの可能性をいち早く見抜いたことで知られるビル・タイ氏だ。
知人のツテをたどりタイ氏との面会にこぎつけた。だが、ピッチ(事業説明)の後に返ってきたのは痛烈な言葉だった。
「技術力だけではダメだ。どうやって市場に打って出るのか。その視点がなければビジネスプランとは言えないね」
ただ、タイ氏はこう付け加えた。「それを踏まえてもう一回、考え直しておいで」。プランを練り直して2回目のピッチにのぞんだ芳川氏。「いいね」。タイ氏はその場で契約書と25万ドル(約2700万円)の小切手を手渡した。
起業にあたって太田氏が「圧倒的にすごいやつがいる」と言い、仲間に引き入れたのが古橋貞之氏(30)だ。当時は筑波大学の大学院生。プリファードでインターン生として働いていた。
太田氏の評価は大げさではなかった。古橋氏が開発したデータ収集ソフト「フルーエントd」と分散インフラ技術「メッセージパック」は今やグーグルやアマゾン・ドット・コムが標準サービスとして採用している。
2人の頼れるエンジニアとシリコンバレーで旗揚げした芳川氏。格安ネット通販で今では企業価値10億ドル以上のユニコーンとされる米ウィッシュが採用したことで、知名度が上がった。13年には日本で営業チームを発足。クックパッドや良品計画が採用し、14年にはヤフーと提携した。
「これからはヒトとモノのデータを掛け合わせて新しいビジネスをどんどん生み出していきたい」。データを操る黒子役として、新サービスやビジネスモデルの創出を側面支援していく考えだ。
現在もシリコンバレーに住み、日本には3カ月に1度ほどのペースで一時帰国する芳川氏。「日本では世界標準を作れない。それじゃ、もったいないと思ったんですよ」。これからも激戦区シリコンバレーで戦い抜く覚悟だ。
(企業報道部 杉本貴司)
[日経産業新聞 2018年3月16日付]
関連キーワード