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今日も走ろう(鏑木毅)

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順位でなく心の持ち方が大事 誰もが勝者になれる

2018/3/15 6:30
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平昌オリンピックで印象に残る選手がいた。フリースタイルスキーのエアリアルに出場した田原直哉選手だ。もとは体操選手としてオリンピックを目指していたが大けがのため断念し、この競技に転向。それから13年の年月を費やし、37歳にして初めてオリンピックの舞台に立ったそうだ。

平昌ではメダルを目標に臨んだものの残念ながら予選敗退。「悔しい気持ちでいっぱいだが、やるべきことはやった。メダルが取れなかったからといってこれまでの過程が否定されるものではない。今までの過程も含め全てが素晴らしい経験だった」という趣旨のコメントをされていた。日本勢の大活躍でメダルを獲得できた選手ばかり注目されがちな今回、田原選手のこの言葉がとりわけ心にしみた。

自分にも同じような経験がある。モンブランをめぐる約160キロメートル、累積標高差1万メートルの世界最高峰のトレイルランニングレース、UTMBの2011年大会のことだ。

努力の過程をのちの人生にどう生かすか

2年前に3位になった私は、レース前から有力ランナーの一人とみなされていた。だが実際は左足のアキレスけんを傷め、十分なトレーニングができていなかった。「次は世界一を」との期待に応えようと、左足をかばいながら必死に努力はした。それでも最終的に体力も全盛期の半分まで戻すのがやっと。結果は目に見えており、プレッシャーに押しつぶされそうになりながらレース当日まで辛く苦しい日々を送った。

7位のゴールも心の中では大勝利

7位のゴールも心の中では大勝利

スタートすると案の定というのか、左脚の筋力がすっかり落ちていて、難コースを右脚一本で走っているようだった。中盤以降は、ここで崖から飛び降りて骨折でもすれば棄権できるかもしれない、などと常軌を逸した精神状態に陥っていた。疲労と痛みで終盤は地獄のよう。頭に浮かんできたのは、今まで心配をかけ続けてきた妻やお世話になってきた方々だった。みんなのことを思いながら耐え抜き7位でゴールした。

確かに順位は下がった。力が落ちたのだな、と失望した人もいたようだ。ただ私にとっては、あれほどの困難を乗り切ることができたと本当に満足のいく結果だった。2年前の3位にも劣ることのない心に刻まれる大勝利だった。

アスリート本人の評価の基準が、世間一般で考えるものと若干のズレを生じるというのはよくあることかもしれない。順位、タイムなど結果の如何に関わらず努力してきた過程をのちの人生にいかに生かせるか。そこに競技スポーツの真の意義があると私は考える。勝利すればそれは大きな自信となるだろうし、仮に敗北してもきっと悔しさを糧にできる。

オリンピックでもメダルを獲得できればもちろん素晴らしい。だが生涯という視点で眺めてみれば本当の勝利はともすれば別の部分にあるのかもしれない。オリンピックに参加した経験を人生の大きな糧にできたのであれば、誰もがメダルに値するのではないだろうか。

(プロトレイルランナー 鏑木毅)

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