東北の被災地首長、復興完遂と教訓伝承誓う 震災7年

2018/3/11 19:19
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東日本大震災の発生から7年となった11日、津波被害や原子力災害からの復興を進める岩手、宮城、福島県の各地でも追悼式が開かれた。知事ら首長は震災の犠牲者に対し、復興を完遂するとともに震災の教訓を長く伝承していくことを誓っていた。

仙台市の追悼式で黙とうする参加者(11日)

仙台市の追悼式で追悼の言葉を述べる宮城県の村井嘉浩知事(11日)

岩手県・宮古市合同追悼式で式辞を読み上げる達増拓也知事(11日、宮古市)

祭壇に献花する宮城県名取市の山田司郎市長(11日)

港町だった震災前の写真を掲げた祭壇に向かって語りかける、福島県浪江町の馬場有町長(11日)

宮城県気仙沼市の追悼式で式辞を述べる菅原茂市長(11日)

各地の会場では地震が発生した午後2時46分にあわせて出席者全員が黙とう。各首長は式辞などで復興への決意を述べた。仙台市が市内の体育館で開いた追悼式には2017年を上回る約340人が参列し、日曜のために家族連れも多かった。

郡和子市長は「沿岸部で津波に備えた避難道路の整備を進めるとともに、防災集団移転の跡地利用に努め、仙台の海辺に活気を取り戻す」と整備の方針を述べた。さらに「震災の教訓をしっかりと伝え続けることは私たちの責務だ」と語り、津波の脅威を示す震災遺構などを活用し、教訓の伝承に努める考えを強調した。

同市の追悼式に出席した宮城県の村井嘉浩知事は「インフラ整備など復興は着実に進んでいるが、未曽有の大災害を経験し、今でもなお将来への不安を抱える方々が大勢いる。できる限りの手を打って、復興を加速しなければならない」と述べた。県内では自治体により復興事業の進捗状況にバラツキがあり、遅れが目立つ自治体には県が支援を強化する方針だ。

岩手県は宮古市との合同追悼式を同市で開催し、約800人が参列した。達増拓也知事は県内では津波で4600人以上が亡くなり、1100人以上が行方不明になっていることに触れ「7年という無情な時の流れを越えて、皆様の思いが報われることをお祈りする」とあいさつした。

その上で「私たち県民は震災の惨状や、その経験の中で得られた教訓を改めて心に刻み、後世に伝えながら復興を進めていかなければならない。さらに『いのちを守り、海と大地と共に生きる ふるさと岩手・三陸の創造』をめざす」と誓った。

宮古市では500人以上の死者・行方不明者が出た。山本正徳市長は「ご遺族の7年の歳月を思うと胸が締め付けられる」と切り出した。復興を最重要課題として取り組んできたことを説明した上で「宅地整備が進み、交通ネットワークも進展した」と報告した。さらに「強い思いを抱いて、必ずや後世に誇れる宮古市にする」と述べた。

福島県の追悼復興祈念式で内堀雅雄知事は「福島の復興をさらに前進させ、先人たちが築き上げてきた郷土の誇りを取り戻すべく、全力で挑戦を続けていくことを改めて誓う」と述べた。

内堀知事は「あの日から7年の歳月が流れたが、大切な人や平穏な生活が奪われた悲しみは決して消えることはない」と哀悼の意を表明。その上で「今もなお多くの県民の方々が避難生活を続け、(県内原発の)廃炉・汚染水対策、風評と風化の問題など、福島県の復興はいまだ途上」と、厳しい現状を訴えた。

ただ「県民の努力と国内外からの支援で、未来をひらく拠点施設の整備進展、地域産業の再生や新産業の創出・集積、観光地のにぎわい回復、若者の文化・スポーツ両面での活躍などで、明るい光が強まりを見せている」と述べ、再生に向けた動きが進んでいると強調した。式典には遺族や県内市町村長ら500人以上が出席した。

その他の自治体も追悼式を開いた。宮城県気仙沼市では遺族ら約830人が参列した。同市では1246人が犠牲となり、今も215人の行方がわかっていない。住宅再建と産業再生を掲げて復興に取り組んできた菅原茂市長は式辞で「昨年には災害公営住宅が全戸完成し、一つの節目を迎えた」と述べた。

今後は国が復興・創生期間に位置付ける2020年度末までに、残された事業の完成に向けて全力で取り組むことを表明した。「震災遺構や復興祈念公園など後世に残すべき防災関連施設の整備を進め、津波による犠牲を出さないためのまちづくりを推進していく」とも誓った。

同県名取市では沿岸の閖上地区を中心に、地震と津波で甚大な被害を受けた。遺族ら約900人が参列した追悼式で山田司郎市長は「今年中に全ての復興公営住宅を完成させ、住まいの再建を終了させる。かつての閖上の歴史や文化を大切にしながら、新たな魅力を創造し、持続可能な街として次代を担う子供たちにしっかりと引き継ぐ」と決意を述べた。

東京電力福島第1原子力発電所事故に伴う避難指示の一部解除後、初めての「3.11」となった福島県浪江町の追悼式には、町民ら150人を超す参列者が訪れた。馬場有町長は式辞で「復旧・復興に向けて着実に歩み始めており、少しずつだが人が戻りつつある」と語った。さらに「どのような困難にもひるむことなく、『町残し』をはかりながら、町の創建を実現する」と訴えた。

曽祖父と祖父母の3人を亡くした21歳の遺族代表の女性は「3人が生きていれば、成人式の晴れ姿を見せに行けた。休日はおじいちゃんとお酒も飲めただろう」と話した。「私たちにできることは東日本大震災を忘れることなく一生懸命生きていくこと、大震災を子や孫に伝え、忘れ去られないようにすることだと思う」とも語った。

(仙台支局 村松進、古山和弘、酒井愛美、盛岡支局長 冨田龍一、福島支局長 田村竜逸、郡山支局長 天野豊文)

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