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ランニングという「狩り」に出よう

ランニングインストラクター 斉藤太郎

私はランニングのインストラクターです。指導する際はスーツでなく、ランニングウエアでクラブの仲間とともに走って見本を示していたい。走る習慣とランナーの感覚を大切にしていたいと思っています。ランニングで日常のさまざまなことがはかどり、体がリセットできる利点もあるので、走る習慣をやめることはできません。

昨年の10月から12月にかけて右股関節を痛めて、まともに走れない日々がつづきました。2カ月半の間、食事はあまりおいしくなくて、睡眠も深くなかったように思います。原稿を書くこともはかどりません。どうにもスマートな言葉が浮かんできませんでした。なんとなく体の内側がよどんでしまっている感覚。ペースの速さはどうあれ、痛みと無縁で走られている方を見るとうらやましく思ったものです。

ランニングには日常のさまざまなことがはかどり、体がリセットできる利点もある

今はランニングが「ブーム」といわれます。おしゃれなウエア、楽しい大会、イベント、練習会などさまざまな誘因がありますが、ブームだからではなく、習慣として根付いているから走るという方が多いのが実態なのではないでしょうか。

ランニングの効能として仕事がはかどる、頭がすっきりする、気持ちが落ち着くといったことを挙げられる方はたくさんいます。仕事時間が規則的でない方は、走っているときの方が寝ているときより疲れが取れるといわれます。このような感覚を肯定するようなコメントや書籍に接したので、3つ紹介させていただきます。

ランニングと脳の関係

まずは2月3日にNHK・BS1で放送された「ラン×スマ」からです。ジョギングをしているときは脳の最高司令部と呼ばれる「前頭前野」が刺激される、と紹介されていました。前頭前野は計画性や判断力、決断力、さらには冷静さをつかさどる部分だということです。

ゲストで登場された原田泳幸さん(ソニー社外取締役)は週4~5回、朝に10キロを走るそうです。朝走ることで仕事の効率が上がり、諸事に好循環をもたらすそうです。「朝は投資、夜は浪費」と表現されていました。

2つ目は茂木健一郎さんが書かれた「走り方で脳が変わる!」(講談社)。何も考えずにただ走ることに没頭していると、ふとやるべきことが思い出されることがあります。それらは、自分にとって意外なこと、忘れていたこと、ふだん抑圧していたこと、気にかけていたけれど忙しくて考える暇がなかったことなどです。そんなことがふわふわと浮かんでくる状態について、おそらくは「デフォルト・モード・ネットワーク」という機能が働いているのではないか、と紹介されています。

人間の脳は、何かをしているときはもちろん、特に何らかの活動をしていないときでも重要な働きをしているそうです。そうしたときに働く脳の神経回路をデフォルト・モード・ネットワークというのだそうです。

最後はジョン・J・レイティさんの著書「脳を鍛えるには運動しかない!」(NHK出版)です。ここでは認識の柔軟性のテストの話が紹介されていました。35分間のランニングと映画鑑賞の前と後とではどのような違いが起きるかをテストしたところ、映画では変化がなかったのに対し、ランニングの後は答える速度や認識の柔軟性が向上したそうです。

斉藤太郎の持論

以上のことを踏まえて、ここからは私の持論を紹介させていただきます。

<狩りに出る>

おなかがいっぱいになったライオンは肉があっても見向きもしない

私は特に朝走ることを大切にしています。まだ世の中が動き出していない時間帯。誰にも使われていないような新鮮な空気の中で走ることで、とても充実した気持ちになります。

「大自然に放り出されたら……」と野生動物にでもなった気持ちで練習メニューや生活スタイル、食事について考えることがあります。動物が狩りをする際は、当然ながら「腹ごしらえに」と事前に何かを食べてエネルギーを補給することはありません。順序はあくまで「お腹がすく→狩りにいく→獲物を捕らえる→食べる」です。

おなかがいっぱいになったライオンは肉を見ても食べようとはしません。これはある夏にサファリパークのライオンバスで見て知りました。繁忙期で来る日も来る日も通るバスから肉を餌付けされるライオンたちは見向きもしませんでした。

我々人間も、それぞれが求める「獲物」を獲得するために、朝、走ることから1日をスタートさせてみてはどうでしょうか。ランニングという名の「狩り」をすることで「気分良く朝食がとれる」「仕事がはかどる」といったご褒美を手にすることができるはずです。

<朝のランニング→朝食>

空腹で狩りに出て、見事獲物が取れました。獲物は狩りに対する報酬という位置づけになります。努力への報酬を得ると、脳は刺激を受けて興奮します。そして、次はさらに要領よく狩りができるようになる。そんな好循環をもたらすそうです。朝のランニングに置き換えると「起床→ランニング→シャワー→朝食」という順序が、空腹で狩りに出て獲物を獲得するサイクルと重なっていて、そこから続く一日の生活全体がはかどることになるのではないでしょうか。

冬場は木の葉が落ち、動物を見かけにくくなります。遠くの野山まで遠出しなくては獲物が手に入りにくい季節です。長く走り続けて獲物を獲得する。まさにフルマラソンなど超長距離と同じではないでしょうか。

今シーズンのよい締めくくり方をしてほしい

3月も半ばとなり、今シーズンの残るフルマラソンは1本程度という方が大半でしょう。よい締めくくり方をしてください。その先は徐々に暖かくなり、野山には緑が増え、野菜や果物、木の実も実ります。動物たちにとって、遠出をしなくても近場で獲物を獲得できる時期。ランナーも同じで、短い距離を走るだけで一定の成果を得ることができます。そこで、この期間はスピード勝負の季節だと考えてみてはどうでしょうか。気候や暑さとの兼ね合いもあるのですが、大会では5キロや10キロという、割と短めの距離の大会が増えてきます。

ここから先はマラソンにつながるスピードを追求し、それが持続できるような技術を身につけましょう。春はランニングフォームを養成するシーズンです。目指すは1年間、けがをすることなくレースに出場できるフォームの習得。狩りでよい獲物の獲得につながるフォームを身につけてみてはどうでしょうか。

<クールダウン>マラソン男子日本新記録に思う
 ニッポンランナーズを立ち上げた2002年。クラブ黎明(れいめい)期に集まったメンバーの中には、高橋尚子さんがシドニー五輪マラソン優勝直後のコメントで話された「とっても楽しい42.195キロでした」という思いに共感したくて走り出した、という方が何人もいました。
 私たちは地域クラブを底辺に、さまざまな高さ(競技レベル)と価値観(方向性)をもったピラミッドが築かれることを一つのテーマに活動しています。1つの競技種目において、レベルと人口をピラミッドのように捉えて考えてみます。高さは競技レベル、面積は競技人口を表します。高くなるほど人数は少なくなり、低くなるほど裾野は広くなるという構図です。
 その競技が活気を持つ流れには大きく2つあるといわれます。1つ目は「頂点先行型」。ある日突然、高い次元のアスリートが彗星(すいせい)のように登場したとしましょう。その人に憧れを持って競技を始める人が増え、裾野が広がりピラミッドが大きくなっていく流れができあがります。付随してその選手と同じコンセプトのシューズやウエアに人気が出るなど活気が出ます。
 2つ目は「ボトムアップ型」。底辺が広がり、競技人口が増えて強い基盤が築かれていくうちに、高くて大きなピラミッドが築かれ、いつしか高い頂点に登りつめるアスリートを輩出する流れです。
 日本は駅伝のスター選手こそたくさんいるものの、フルマラソンに関しては世界と対峙できるような憧れの人がなかなかいませんでした。その中で、裾野的レベルといえる一般ランナーの競技人口が着実に増加傾向にあった、というのがこれまでの流れだったように思えます。
 雑誌「ランナーズ」が発行するデータにフルマラソンの完走者数データがあります。06年度のフルマラソンの完走者は10万3590人(男女合計。同一人物が複数回完走した場合はベストタイムのみを採用して集計)だったのに対し、16年度は36万4546人。10年で3倍以上に増加しています。
 当然、急に好記録が出たわけではなく、背景にはランナーたちが最先端のトレーニングを積んできたことがあるわけですが、昨年12月の福岡国際マラソンで大迫傑選手が2時間7分19秒で走ったあたりから何か流れが変わり、今年2月の東京マラソンで設楽悠太選手が2時間6分11秒の日本新記録を樹立。日本のフルマラソン界のピラミッドの高さが、ここにきて数段高い位置に再設定されたようなインパクトを受けたのでした。

さいとう・たろう 1974年生まれ。国学院久我山高―早大。リクルートRCコーチ時代にシドニー五輪代表選手を指導。2002年からNPO法人ニッポンランナーズ(千葉県佐倉市)ヘッドコーチ。走り方、歩き方、ストレッチ法など体の動きのツボを押さえたうえでの指導に定評がある。300人を超える会員を指導するかたわら、国際サッカー連盟(FIFA)ランニングインストラクターとして、各国のレフェリーにも走り方を講習している。「骨盤、肩甲骨、姿勢」の3要素を重視しており、その頭の文字をとった「こけし走り」を提唱。著書に「こけし走り」(池田書店)、「42.195キロ トレーニング編」(フリースペース)、「みんなのマラソン練習365」(ベースボール・マガジン社)、「ランニングと栄養の科学」(新星出版社)など。

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