2018年12月16日(日)

故郷の苦難、語り継ぐ 富岡町帰還の82歳

2018/3/10 21:09
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「梅の花が咲くと、にぎわっていた昔の風景を思い出すわね」。福島県富岡町の伊藤ヒデさん(82)は、更地となった自宅跡で、満開の梅の花を前にしみじみした口調になった。

自宅があった場所に立つ伊藤ヒデさん(6日、福島県富岡町)

東京電力福島第1原子力発電所事故後、同県郡山市に避難。市内のアパートで暮らしながらダンスやコーラスのサークルに参加したり、語り部活動をしたりしながら充実した日々を送っていた。しかし、ふるさとへの思いは常に胸の奥にあった。

帰還困難区域を除き、避難指示が2017年4月に解除されることが決まると、町への帰還を決めた。友人からは「何で誰もいない不便な町に戻るのか」と言われた。しかし「富岡が私の心のよりどころ。復興の一助になりたい」との思いは変わらなかった。

荒れ放題だった自宅は取り壊し、災害公営住宅に入った。近くには複合商業施設や診療所もでき、「生きていく上で不便はない」。ただ活気がなくなった故郷には寂しさを覚える。震災前1万5千人以上だった同町の居住人口は458人(3月1日)。帰還者の多くは高齢だ。かつて富岡駅近くで見られた若者らの笑顔はない。

復興のため自分にできることは何か。一つは語り部として震災の記憶を引き継ぐこと。今年2月には東京から訪れた大学生を前に自分の経験を語った。「原発が爆発したというニュースを見て、みんなでバスに乗った」「この世は終わるのかと思った」。木訥(ぼくとつ)な口調に学生は真剣な表情で耳を傾けた。体力的にきついが、「帰還した語り部が3人しかいないから頑張らないと」。

4月には町立小中学校が再開し、16人が通い始める予定だ。「若い人たちが戻ってくれば、以前のような活気が戻るかも……」。自分も学校に関わり、交流を深めたいと考えている。

先日、ちょっとうれしいニュースが届いた。いっしょに避難生活を送った友人が町に戻ってくるという。「『伊藤さんが楽しそうにやっているから私も帰りたくなった』って言われたの」。そんな輪が広がっていけばいいな、と思っている。

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