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がんの変異、血液検査で一網打尽

がん治療解体新書(2)

「人工知能(AI)を使って、今まで人類が解決できなかった病気に対して、解決の手立てを提供する。それがわれわれのグループに入ったガーダントだ」

2017年6月。ソフトバンクグループの株主総会で、孫正義社長は誇らしげにこう述べた。米国のがん遺伝子検査会社、ガーダント・ヘルス。この会社に惚れ込んだ孫氏が400億円の資金を注入して話題になった。

ーダントは2012年に設立されたシリコンバレーの若い会社だ。にもかかわらず、ある特定の遺伝子検査市場で8割以上のシェアを握るトップ企業でもある。

特定の市場とは、血液を使ったがん遺伝子検査。孫社長は持ち前の勘の良さからその将来性の高さを見抜いた。5年以内に100万人のがん患者情報を解析するとの目標を掲げる。

血液検査の有望性には国も着目、すでに動き出している。国立がん研究センターが進めているがん遺伝子検査プロジェクト「SCRUM-Japan」では17年12月からガーダントと共同で血液検査の精度検証に着手している。確認が済めばいずれがん組織を検体とする遺伝子検査同様、保険の適用対象となる見通し。

血液を使った遺伝子検査の強みは何か。「安い早い、安全」――。国立がん研究センター東病院の後藤功一・呼吸器内科長はこう説明する。とにかく簡単なのだ。

血液検査の場合、患者の体から血液を採取するだけでいい。がん細胞の採取のため体に針を刺し内視鏡を入れる必要があった従来の検査とは大きな差だ。

例えば肺がんなら気管支鏡を気道に挿入しなければならない。この際、米国のデータでは気管支鏡で5人に1人が気道を損傷、回復処置に平均100万円以上の医療費がかかるという。「患者の大きな苦痛を伴い、ステージが進んだがん患者の場合は体力的に耐えられないこともある」

検査が簡単であることの意味は大きい。患者の容体の変化に応じて小まめに検査ができるのだ。がん細胞の特徴はその姿を刻々と変えること。半年経つと全遺伝子の4割がすっかり姿を変えてしまったという論文をガーダントはペンシルベニア大学と共同で発表しており、がんの状態を逐一、把握できれば、適切な処置が可能になる。

■「ノイズ」を除去

精度も上がりつつある。血液にはがんの遺伝子だけでなく、その他、様々なものが流れ込む。これが難題だった。「ノイズ」が多くなかなか、がんの実態を正確にとらえにくかった。

「人工知能(AI)の出現でこのノイズを除去することが可能になった」(ガーダントの国内責任者、塩津行正氏)。これまで4万件ものがん患者の血液を解析し、そのデータを学習させてノイズを消去した。

ノイズのなかからがんの遺伝子を抽出する「検出感度」も高い。米ファンデーションメディシン(ボストン)はがん組織を直接、つまみ取って検査する遺伝子検査大手だが「学会発表を見るとガーダントの血液検査はファンデーションの10倍の検出感度がある」と塩津氏は話す。

 ガーダントはAIにより血液に溶け込んだ様々なパターンの遺伝子情報を把握することに成功した。例えば、乳がんなら、そのがん遺伝子として有名な「HER2」には、100種類以上のパターンがある。ガーダントはこの100種類すべてを把握できる。

変異パターンに応じて「プライマー」と呼ばれる遺伝子増幅に必要な因子を設計して採用し、どの変異パターンがあっても全て取りこぼさないようにしている。解析スピードも速く、米国では採血してから最短で4日で検査結果が出てくる。

体中を巡る血液の検査は肉眼で確認できるがんだけが対象となる従来の遺伝子検査に比べると、カバーできる領域が広いのも特徴だ。臓器の裏に隠れたがんや早期で小さいがんでも、その遺伝子は微量でも確実に血液に溶け込む。

血液検査はそのわずか遺伝子も見逃さない。がんの制圧には何よりも早期発見が大切で、がん患者の50%はステージ3、4になって発見されるが、ステージ4だと5年生存率は10%前後しかない。ステージ1、2の早期での治療なら70~80%が5年後も生存しており、その早期発見に血液検査は有効だ。

微量ながんの解析ではガーダントは米国のトップランナーだ。「ルナ」というプログラムを走らせ、がんの早期発見を行う研究を進めている。昨年4月に米国の学会で発表したデータでは、早期ステージの大腸がんの患者を86%の確率で検出できた。

「固形がんはほぼ全種類検出できる」と塩津氏。がん全体では平均85%程度の検出率だ。血液脳関門があるため遺伝子が血液に漏れにくい脳腫瘍の検出感度でも67%程度だ。

■経過こまめに

血液検査が普及すればがんの経過観察にも有用だ。がんは時間経過で遺伝子タイプが全く違うがんになることもあり、効く薬も変わる。

わかりやすい例が「イレッサ」などの分子標的薬。がんの原因遺伝子が作るたんぱく質にピッタリ結合するので、最初は効果が高い。しかし多くの場合1年もたたないうちに効かなくなる。それは原因遺伝子がさらに変異してしまい、たんぱく質の形が変わるからだ。

このため、一定期間ごとに遺伝子変異を確認して最適な薬を選ぶのが有効だ。「イレッサ」が効かなくなれば「タグリッソ」という薬があるように、先回りして治療を進めることが可能になる。

ガーダントは日本市場でもできるだけ早期のサービスを目指すとしていおり、3年もすれば主要な病院で検査が受けられる可能性が高い。検査費用はおよそ30万円前後になる模様。保険適用が認められれば患者負担は数万円になる。

血液検査市場を狙うのはガーダントだけではない。最も強力なライバルは米バイオベンチャーのグレイル社(カリフォルニア州)だ。次世代DNAシーケンサーの世界最大手である米イルミナ社から、血液検査技術の譲渡を受けた。豊富な遺伝子解析技術をテコに日本市場への参入も狙う。

16年の創業ながら、猛烈な勢いでシェアを奪いつつある。ビル・ゲイツ氏など、出資者の顔ぶれも豪華だ。製薬会社のメルクやブリストル・マイヤーズスクイブ(BMS)などが並ぶ。

 ▼血液検査 がん細胞から血中に漏れ出たDNAを採取し、これを検査する。含まれる量が少なくても、それを増幅し、次世代シーケンサーで解析することが可能。ガーダントの血液検査はがんに関連する遺伝子として73種類を特定している。これをシーケンサーで検査し、突然変異や量の増加を検出する。がん組織をつまみ取る方法に比べると、新しい技術とされ現在はがん組織が採取できない場合に使うものとされる。

(企業報道部 野村和博 前野雅弥 大阪経済部 高田倫志)

[日経産業新聞 2018年3月6日付]

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