2018年6月21日(木)

みんなの遺伝子検査
がん治療解体新書(1)

(1/2ページ)
2018/3/8 6:30
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 人の遺伝子を調べることでがんの正体を突きとめる遺伝子検査が身近なものになり始めた。遺伝子は細胞活動のいわば設計図。がんの発生はこの設計図に狂いが生じることが原因で、これを読み込めれば、がんとの闘い方が見えてくる。千差万別のがんの個性を見極め、ピンポイントで「効く」薬を選別できる。

 「がん遺伝子を調べたところ、効く薬はこれだと判断されます」

 2016年夏、京都大学付属病院の外来の一室。がん薬物治療科の武藤学教授は、50歳代の女性患者Aさんにこう語りかけた。

 Aさんは原発巣不明のがん患者。体全体に病巣が広がり「出元」が分からない。

 治療は行き詰まり、1カ月前にがんの遺伝子検査「オンコプライム」を受けた。米国に送った検体の解析結果が出て、その説明を受けていた。

 武藤教授が提案したのは「タルセバ」という肺がん用の分子標的薬。がん増殖のシグナルをストップする薬で「EGFR」という遺伝子に変異がある肺がんに効く。

 これまでなら「タルセバ」の選択肢はなかった。タルセバを使った治療は高額医療で年400万円。高額医療を何のがんか分からない患者に「試す」医師はいなかった。

■着実に小さく

しかし、武藤教授は「タルセバ」を選んだ。遺伝子検査の結果、Aさんのがんに肺がんに多いEGFR遺伝子の変異が見られたからだ。見立ては的中、Aさんのがんは着実に小さくなった。1年以上経過した後も生存し続けている。

 「がんは遺伝子を解析してから薬を選ぶ。これからはそれが当たり前」と武藤教授。15年4月、京大は日本で初めて網羅的がん遺伝子検査を導入、今後も精密医療に前向きに取り組むという。

 良いことずくめにみえる遺伝子検査。なぜ普及してこなかったか。理由はコスト。高すぎた。使えるのは富裕層だけだ。

 11年に膵臓がんで亡くなったアップル創業者のスティーブ・ジョブズはその1人でスタンフォード大学で遺伝子検査を受けた。この時の価格が10万ドル(1100万円)超だった。この時点で世界で遺伝子検査を受けたのは20人程度だった。

 だがその後、シーケンサーが遺伝子を解読するスピードが年々アップ、さらにそれを解析し、がんの正体を明かにする研究が日進月歩で進むと遺伝子検査のコストは急激に低下した。もともと1990年に米国で始まったヒトゲノム解読プロジェクトでは、1人のヒト遺伝子の解読に30億ドルと13年を費やしたが、今は違う。AI(人工知能)などを駆使、一気に読解力を高め今や遺伝子を読むだけなら1000ドル(11万円)、1日でできる。

 とりわけ遺伝子の塩基配列を読み取るシーケンサー技術の進展は大きな意味を持つ。これまでは数時間で、せいぜい数百本から数千本を同時に読みとる程度だったが、05年に登場した新型シーケンサーのおかげで数百万~数億本のDNAの塩基配列を並列で一気に読みとれる。

 今では遺伝子を解読した後、そのデータを基に「どんな、がんか」の判定費用を含め全部で50万~100万円でがんの遺伝子検査ができる。

 さらに19年度、患者の経済的な負担は軽くなる見通し。すでに政府はがんゲノム医療中核病院を11カ所選定、18年春ごろから先進医療として遺伝子検査を行う計画。18年度末までに薬事承認をする方針で、早ければ19年度からは、保険でがん遺伝子検査が受けられるようになる。患者負担は数万円になる見込みだ。

 こうなれば「遺伝子検査が一般に普及、データが一気に増える。日本は世界のトップレベルになれる」(国立がん研究センター中央病院の藤原康弘副院長)という。遺伝子検査が保険適用の対象となり、多数の患者から正確なデータが集積できるなら日本は遺伝子検査で世界のトップに立つ。

■巨大市場に浮上

 それは同時に企業にとっては巨大マーケット(市場)が浮上することを意味する。放っておくわけはない。

 最先端を行くのが血液検査機器大手のシスメックスだ。がんに関する遺伝子をまとめて調べる遺伝子検査を保険適用で初めて実施する可能性が高い。シスメックスはがん患者の遺伝子のどこに変異が見つかる可能性が高いのかを国立がん研究センターと共同で徹底研究してきた。

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