2018年10月21日(日)

がん遺伝子検査 保険対象どこまで認める
がん治療解体新書(3)

2018/3/9 13:43
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昨年10月。日本の医療現場にとって1つの転換点となる大きな出来事があった。日本臨床腫瘍学会、日本がん治療学会、日本がん学会という国内3学会が遺伝子検査に基づくがん診療のガイダンスを出したのだ。日本臨床腫瘍学会の南博信理事長は「現在、得られる最新のエビデンス(証拠)を基に立案した」と声明を出した。

近畿大学ではがん患者の遺伝子を調べて治療に役立てる研究を全国に先駆けて取り組んでいた(写真は遺伝子検査の様子)

近畿大学ではがん患者の遺伝子を調べて治療に役立てる研究を全国に先駆けて取り組んでいた(写真は遺伝子検査の様子)

■適薬の処方定義

正式名称は「次世代シーケンサー等を用いた遺伝子パネル検査に基づくがん診療ガイダンス」。がんの遺伝子変異とそれに最適な治療薬の処方を科学的根拠に基づいて定義し、その根拠レベルも分類した。国内外の研究の進展によって常に最新のデータに更新していくという。

これは厚生労働省の後押しを受け、がん遺伝子検査を保険適用の範囲にに認めるという方針を受けた措置だ。国立がん研究センター中央病院はがん関連遺伝子を一度に調べて原因となった変異を突き止めるがん遺伝子検査の保険適用を申請、国内第1号となる予定で、今後はさらにこうした動きが広がる予定だ。

医師はガイダンスを見れば、自分の患者のがんの状態にあわせ、どんな治療法が良いのか選択できる。専門外であっても投薬ミスや治療ミスを減らすことが可能だ。患者にとって最適な治療を迅速に受けられるようになり、副作用のリスクも減らすことができる。

今のところ遺伝子検査が保険の適用対象の議論の対象となっているがんは小児がん、希少がん、遺伝性がんなど。研究者や医療関係者からは「対象となる遺伝子の検査項目が少なすぎる」といった意見も多く、今後はその対象は増える可能性が高い。

実際、遺伝子検査の有効性を確認できたとするデータは増えつつある。

近畿大学ライフサイエンス研究所ゲノムセンターではがん患者の遺伝子を調べて、診断・治療に役立てる「クリニカルシーケンス」を全国に先駆けてスタート。国の研究資金を使って1000人以上の遺伝子解析を実施。がん患者の血液や微量な組織から最適な治療法を見つけた実績を持つ。西尾和人教授は今回の診療ガイダンス作成でもワーキンググループ長として中心的な役割を果たした。

ただ、遺伝子検査は有効なだけに今後は「どこまで保険対象とするのか」が難しいという。同センター長を務める西尾教授は、遺伝子検査による研究と実用化には、いずれ財政上のコストの問題を考える必要があると説く。がん免疫薬であるオプジーボと同様の議論で、有効であればあるほど財政負担の問題が浮上するのだ。

これは国民皆保険という仕組みを持つ日本の宿命でもある。遺伝子検査のような有効性の高い先進医療は安価で広く国民にメリットをもたらす半面、治療の有効性が高ければ高いほど利用者が増え、財政負担を重くする問題も生じる。

だから野放図にどのがんの遺伝子検査もどんどん保険の適用範囲に入れていくわけにはいかない。もちろん、できるだけたくさんの種類のがん遺伝子検査を保険の適用範囲とすることが望ましいが、国の厳しい財政事情はそれを許さない。「『うまい』『安い』『早い』の3要素が重要」(西尾教授)で、この条件を満たすがんの遺伝子検査を優先的に保険適用にしていくしかない。

西尾教授の言う『うまい』『安い』『早い』とは(1)解析技術の向上や解析力の正確性(2)保険適用に伴う財政負担の度合いの妥当性(3)解析そのものを海外に依存せず内製化し結果を出せるようにしスピードを上げる――。この3つが前提条件として必要だという。

■検査に限界も

もう一つ大切なのは患者へのケアだ。保険適用がまだ始まっていない現在でもIT(情報技術)などの発達で遺伝子の解析技術が向上、100万円弱を負担すれば遺伝子検査を受けられるようになったが、それでも「最適な治療法がみつかる人は1~3割程度」(西尾教授)なのだ。

例えば、遺伝子検査によって最適な治療薬を選択できる例では肺がんの「イレッサ」などが代表的だが、イレッサは肺がんの8割を占める「非小細胞肺がん」のうち、EGFRという遺伝子に変異がある患者のがん細胞を一時的に縮小させる効果がある。

近畿大学の西尾教授

近畿大学の西尾教授

同じ非小細胞肺がんでは、遺伝子検査によってALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子などの遺伝子異常が判明すれば、分子標的薬と呼ばれる抗がん剤を使用できる。

ただEGFRは非小細胞肺がんの患者のうち3割程度、ALKは5%、ROS1は1~2%。それ以外の遺伝子の異常、変異が見つかったとしても有効な分子標的薬は現状では実用化されていない。遺伝子の異常が分かったとしても、それに対応する抗がん剤がない可能性も高い。

この状況は大腸がんや胃がん、膵臓(すいぞう)がんなど肺がん以外でも同じ。せっかく高額な費用を払って遺伝子検査を受けたとしても「有効な治療法はありませんでした」という結果が出る可能性もあり、その場合の患者の精神的なケアをどうするか、考えておく必要がある。

ほんのわずかのがん組織を使ってあらゆる遺伝子を調べ、変異を見つけるという技術はITの進化と解析技術の向上の賜物(たまもの)。人の命を考えるうえで今後のがん研究や新薬開発にとって非常に重要だ。

それだけにがん遺伝子の研究が進めばこれまでの治療方法や診断の手順などがん治療そのものが180度変わる可能性すら秘める。今後はそうした研究成果を日本の医療制度でどう受け入れ、評価していくのかという根本的な議論も必要となるだろう。

(企業報道部 野村和博 前野雅弥 大阪経済部 高田倫志)

[日経産業新聞 2018年3月7日付]

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