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ゲイツ氏待望、フードロス削減狙う米スタートアップ

アフリカの農家が栽培した農産物が輸送途中で腐るようなことをなくしてほしい――。米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏と妻のメリンダ氏がこんな思いを込めて投資したスタートアップ企業が米カリフォルニア州にある。アピールサイエンスは果物の皮の成分をもとに、果物の劣化を遅らせる液体を開発した。2018年夏にも本格的に販売する計画だ。

ゲイツ氏は慈善基金団体を通じてアピールサイエンスに投資した

ロサンゼルスから車で約2時間、サンタバーバラという港町の丘にアピールサイエンスの社屋がある。かつて製薬大手の米アラガンの研究所があった場所だ。

乾燥と酸化が敵

アボカド、レモン、チェリー、リンゴ、アスパラガス――。研究所に入ると、様々な果物が並んでいた。よくみると、おいしく食べられそうなものと、乾燥してしわしわになったり、傷んでしまったりしているものがある。「いずれも同じ時期に購入して、同じ部屋で保管しているものだよ」と案内役の社員が教えてくれた。

同じ条件にもかかわらず、果物の状態が大きく違うのはなぜか。違いはアピールサイエンスが開発した劣化抑制剤「エディピール」が吹き付けてあるかどうかにある。

エディピールは果物の皮に含まれている脂質などからつくりだした液体だ。脂質などを分解、乾燥を抑えたり、酸化を防いだりするのに役立つ分子だけを再合成する。

果物の皮は実を保護するだけでなく、腐敗のスピードを緩める役割もある。その役割につながる成分だけを取りだし、果物の皮の外側に吹き付けるというのがアピールサイエンスのアイデアだ。透明な2枚目の皮を付けるようなイメージだ。

「果物の種類にもよるが、常温で保存していても、食べられる期間は2倍に伸びる」。アピールサイエンスのビル・ストロング氏は説明する。

寿命が2倍に延びる意義は大きい。流通段階での腐敗による廃棄(フードロス)を減らせるからだ。

米国のスーパーの店頭に並ぶアボカドの多くは、メキシコ産で、未熟なうちに収穫して輸送中に追熟させている。熟してから収穫すると輸送中に腐ってしまうためだ。

だが、アピールサイエンスのエディピールを塗布すれば「熟してから収穫できるようになり、栄養価がより高い状態で店頭に並べられるようになる」(ストロング氏)。小規模の農家でも遠方で販売先を増やせそうだ。

エディピールは米食品医薬品局(FDA)から食品への使用承認を得ている。すでに「キャビアライム」というかんきつ類の一種を生産するカリフォルニア州の農家が採用し始めているという。現在、日本も含めた国内外の農業生産者や大規模小売店と商談を進めており、この夏にも本格的に販売する計画だ。

売上高がほとんど立たない中、75人の従業員を抱えるアピールサイエンス。同社をこれまで支えてきたのがベンチャーキャピタル(VC)をはじめとする投資家だ。12年の設立からの調達額は総額4千万ドル(約43億円)に達する。

なかでもマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ夫妻による「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」はアピールサイエンスの設立直後と15年の2回にわたって投資した。

ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、慈善基金団体で基本財産は400億ドル強。社会問題の解決に取り組む大学や研究機関、国際機関などに資金を提供している。

企業も支援対象にしており、エイズウイルス(HIV)ワクチンを開発するサンフランシスコの企業や、テキサス州にある教育支援ツールを開発する企業に投資した。

こうした財団を設立したIT(情報技術)分野のカリスマが着目したのが、アピールサイエンスの起業の経緯だ。

生産ライン試作

アピールサイエンスの創業者で最高経営責任者(CEO)のジェームス・ロジャーズ氏は、カリフォルニア州立大学サンタバーバラ校(UCSB)の博士課程で材料工学を専攻する学生だった。彼は自動車を運転しているときに世界の飢餓に関するニュースを聞いて心を痛めた。

アピールサイエンスのロジャーズCEO

なぜ、世界から飢餓がなくならないのか。ロジャーズ氏は、腐敗などの理由で食べられぬまま廃棄されている農産物が大量にあることを知る。

農産物が腐る理由は水分が抜けることと酸化すること。この2つを防げば腐敗しにくくなり、飢餓問題の解決にも貢献する。そう思ったロジャーズ氏が起業したのがアピールサイエンスだ。

農産物が腐敗しにくくなれば、途上国の小規模農家の収入も増える。「ナイジェリアの農家が(現地の主食である)キャッサバを腐らせずに生計を立てられるような世界をつくってほしい」。ロジャーズ氏は財団の担当者からこんな言葉をかけられたという。

「石油由来の化学薬品を口にしたくない人は多い」という友人らの勧めもあり、果物の皮がもともと持っている機能を取り出して腐敗のスピードを緩めるアイデアを思いつく。米デュポン(現ダウ・デュポン)や米モンサントといった巨大農薬企業が同様のアプローチをしていなかったことも、ロジャーズ氏の背中を押した。

アピールサイエンスはエディピールに関する特許2件を取得しており、さらに11件を申請中だ。とはいえ、今後、巨大資本や新たなスタートアップが参入してくる脅威はある。そこで、果物の種類に応じてエディピールの吹き付け方を調整した生産ラインを一緒に販売する事業モデルを画策しているという。

「材料を売るのではなく『果物が長持ちする』という成果を売りたい」とアピールサイエンスのストロング氏は語る。白衣の材料技術者たちがいる研究室を抜けて社屋の裏に回ると、機械エンジニアが生産ラインを試作していた。技術者の多くは地元UCSBの博士号取得者だ。

CEOのロジャーズ氏は「自然にあらがうのではなく、自然に寄り添う食糧生産や供給の仕組みをつくりあげたい」と言う。「世界を変えてくれそうだ」とビル&メリンダ・ゲイツ財団が目をかけてからおよそ5年。開発の成果がいよいよ試される。

(シリコンバレー=佐藤浩実)

[日経産業新聞 2018年3月6日付]

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