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「壮行会も便乗商法」 スポンサー権利保護の難しさ

編集委員 北川和徳

20年前の長野冬季五輪で最大のヒーローといえば、ノルディックスキーのジャンプで金2個を含む計3個のメダルを獲得した船木和喜(フィット)だった。当時22歳の船木はデサントの社員。高校卒業後の彼を同社が支えて世界のトップジャンパーに育てた。だが、表彰台の真ん中に立った船木が着ていたのはライバル会社のウエア。ミズノが長野大会と日本オリンピック委員会(JOC)のスポンサーとなり、日本選手団のユニホームなどを独占的に提供する権利を持っていたためだ。

激励会が非公開に、垂れ幕も不可

デサントの担当者は大会前から「なんで船木がミズノの広告塔になるのか」とぼやいていた。ミズノが発売した表彰式用の紺色の公式ウエアのレプリカは上下で約7万円近くしたが、日本のメダルラッシュの追い風を受けて大ヒット商品になった。

平昌五輪代表選手が所属する企業や学校が壮行会や激励会、応援風景を自由に公開できなかったことが問題になっている。多額の協賛金を支払うことで五輪・オリンピックの呼称やマーク、大会イメージを宣伝や広告に活用できるスポンサー企業の権利を守るため、日本オリンピック委員会(JOC)がそう指導したという。そのニュースを聞いて、当時のデサントの担当者のぼやきと苦笑いを思い出した。

小平奈緒選手の応援で長野県茅野市役所の会場に集まった人たち。パブリックビューイングは自治体が主体の場合のみ認められた=共同

スポンサーの権利保護のため、選手を日常から支え、育ててきた企業や学校の活動が制限される。地域の人たちと一緒に応援したいという思いも形にできない。壮行会などの催しがメディアを通じて取り上げられることだけが問題にされるのではない。同僚や仲間が晴れ舞台に立つことを外部に周知することが許されないのだ。企業や学校が所属選手の五輪出場を祝う、あるいは五輪での活躍を報告する垂れ幕を出すことも、スポンサーでなければ認められない。

「JOCの指導は行き過ぎ」の声

選手が日常から世話になっている地域の商店街なども同様の扱いとなる。日本がメダルを取ったから特別セールをするとか、ランチを格安で提供するなどというのも分かりやすいアンブッシュ(不正便乗商法)。2年後の東京大会の時に各地の商店街などが「頑張れ! ニッポン!」などの横断幕を掲げるのも、厳密にルールを適用すればアウトとなりそうだ。ただ、これが震災からの復興のメッセージなら問題ないからややこしい。

自治体が主体ならOKとはいえ、民間の自由な参画がなければみんなで東京大会を盛り上げようとする機運も醸成されない。「JOCの指導は行き過ぎ」と非難の声が挙がるのはよく分かる。日本私立大学協会は改善を求める要望書を政府に提出した。

こうした反応は当然だとは思うのだが、JOCにもそうしなければならない理由はある。そもそもJOCの最大の使命は五輪運動を日本で盛り上げることだ。本来なら56年ぶりに地元で開催する夏季五輪の祝福ムードに水を差す指導などやりたいわけがない。

東京五輪控え、海外の反発を未然に回避

2年前のリオデジャネイロ五輪までは、国内で企業や大学などが開催する所属選手の壮行会、あるいはパブリックビューイング(PV)を設けての応援などがテレビや新聞でさかんに取り上げられていた。所属というよりも事実上は選手個人の契約スポンサーによる壮行会など、アンブッシュと指摘できるケースがいくつもあった。それが今回から一斉に公開不可となったわけだが、その背景には20年東京大会の存在がある。

フィギュアの宮原知子(左から2人目)が出席した関大の壮行会はメディアに非公開で行われた=共同

2年後にホスト国として世界の注目を集める中で、非スポンサー企業の五輪に関連した活動が目立ってしまえば、スポンサー企業の反発を招きかねない。国内スポンサーは黙認しても、国際オリンピック委員会(IOC)に巨額の資金を提供する欧米企業は何を言ってくるか。場合によっては、日本の知的財産の扱いに対する姿勢が問われる可能性もある。

教育機関の学校まで規制されるのはおかしいという指摘もあるが、学校にとってもスポーツはブランド力を向上させる格好の手段。少子化の影響もあって、大学を宣伝するCMが最近はめっきり増えた。卒業生や在校生が代表選手として五輪に出場して活躍すれば、学生・生徒を集めやすくなる。地域の公立高校ならともかく、全国区の有名大学が大学名とともに五輪選手の存在を周知することを非商業的行為とするのは無理があると思う。アンブッシュを判断するときに「応援」か「宣伝」かを決めるのは、やっている側の気持ちではなく、それを受け取る側の印象なのである。

アスリート支える中小企業続々

もちろん、すべてをひとくくりにして一律にルールを決めるべきものではない。慎重に丁寧な対応を考えないと、この問題は20年東京大会をみんなで盛り上げようとする機運だけでなく、日本のアスリートの競技環境にも悪い影響を与えかねない。

銅メダルを獲得したカーリング女子のメンバーも地元北見市の企業などで働いている=共同

平昌大会の代表選手の所属先を調べると、名前を知らない地方の中小企業や事業所が多いのに驚かされる。スピードスケートの小平奈緒(31)を長野県松本市の相沢病院が支援したエピソードはすっかり有名になった。カーリング女子のメンバーも北海道北見市の地元企業や事業所、病院などで働いている。JOCが就職先を探すアスリートと企業をマッチングする「アスナビ」(トップアスリート就職支援ナビゲーション)で所属先を得ている選手も少なくない。

アスナビにはこれまで五輪スポンサーになるどころか、トップアスリートの雇用など考えていなかった中小企業も協力。スタートから8年間でパラアスリートを含めて約200人が仕事と競技を両立できる環境を得た。東京大会が迫るにつれて採用は急増、5日も新たに11人の内定が発表された。これまでの企業スポーツとは異なる、アスリートと企業、地域との新しい関係が生まれつつある。

アスナビでの採用はほぼ全員が無名選手。雇用先にとって広告や宣伝の効果はない。メリットは夢を追う同僚を応援することでの「会社の一体感の醸成」「社員のモチベーションの向上」などが挙げられる。だが、2年後に彼らが見事に夢をかなえたとしても、「応援は内輪だけで」「交流サイト(SNS)へのアップは控えるように」などと指導されたら、一体感やモチベーションどころか、みんなしらけてしまうだろう。

東京五輪・パラリンピックの開催にスポンサーの協賛金は必要不可欠で、その権利を保護するのはJOCや大会組織委員会の責任である。ただ、大会が成功すればそれで終わりではない。その後のこの国の社会でアスリートやスポーツの価値をどう高めていくか。その視点も忘れてはいけない。

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