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世界の頂へ必要なもの 平昌五輪で再認識

日本サッカー協会(JFA)のナショナルトレセンコーチと47都道府県協会の技術委員長が一堂に会する「全国技術委員長会議」(2月17日)でのことだった。短い休憩時間に入った会議室のスクリーンに突然、平昌冬季五輪に出場していた男子フィギュアスケートの羽生結弦選手(ANA)の姿が映し出された。まさにこれから冬季五輪2連覇を懸けて、羽生選手がフリーの演技に臨むところだった。

その場にいたみんなが、固唾をのんでそのライブ中継を見守ったのはいうまでもない。そして入魂の演技を終えた羽生選手が決めのポーズを取った瞬間、「すげーな」という賛辞とともに拍手が起こったのだった。見ていた私の胸も熱くなった。そして思った。

「サッカーの日本代表も負けてはいられないぞ」

頭にあったのは、もちろん6月にロシアで開幕するサッカーのワールドカップ(W杯)のことだった。

メディア対応に「これぞプロ」

演技もすごかったが、すべてを終えた後の羽生選手のメディア対応が素晴らしかった。「これぞプロだ」と思った。自分が成し遂げたことを自分の言葉でしっかり表現する。それは自分自身と、回り回って自分が身を置くフィギュアスケートという世界全体の価値を高めることにもつながる。そこがしっかりわかっている。さすがは世界王者。「いいプレーをすれば、勝てば、それで問題ないでしょ」という次元にとどまった対応しかできない選手とは雲泥の差だ。

年齢なんか関係ないとも痛感した。五輪を連覇してなお、羽生選手はまだ23歳だ。この世代には今シーズンから米大リーグへ雄飛した大谷翔平選手(エンゼルス)、水泳のリオデジャネイロ五輪金メダリストの萩野公介選手(ブリヂストン)や瀬戸大也選手(ANA)がいる。世界の頂点を争うアスリートたちだから、普通の23歳と比べる方がおかしいのかもしれないが、それにしても、みんな、受け答えがしっかりしている。すべては使命感や教育次第ということなのだろう。

平昌冬季五輪期間中の「羽生語録」の中で、特に私がしびれたのは、16日のショートプログラムの後の言葉だった。約4カ月ぶりの実戦であったにもかかわらず、いきなりトップに立ってみせ、「どうしてこんな演技ができるのか」とインタビュアーに問われたときに「僕はオリンピックを知っていますし」と答えたのだった。羽生選手にそう言われると納得するのみだ。

これはかねての私の持論なのだが、日本のサッカーがW杯のような国際舞台で優勝やそれに準ずる成績を残そうと思うのなら、10代でコンスタントにフル代表に2、3人送り込めないようでは無理だと思っている。ブラジルの王様ペレが17歳でW杯に出たような事例を日本もどんどん増やさなければならない。「鉄は熱いうちに打て」はスポーツにも当てはまるのである。

日本は岡田武史監督(当時)が1998年フランス大会に当時18歳の小野伸二(現札幌)を連れていってくれた。が、その後は10代のW杯代表はとんとご無沙汰。

10代で大人のW杯の舞台を踏み、その自信と余裕を携えてU-20(20歳以下)のW杯でチャンピオンになり、その実績をバネに海外のクラブに雄飛し、キャリアを積んで、日本なら大学を卒業したばかりの年齢のころには「W杯? もう2度目なんで、どんな大会かはわかっています」と答えられるようなタレント。そういう人材を輩出しないと、世界の頂にはなかなか近づけないと思うのである。

今回、日本の男子フィギュアスケートは羽生選手が金メダル、20歳の宇野昌磨選手(トヨタ自動車)も初の五輪で銀メダルに輝いた。ディフェンディングチャンピオンの羽生選手がうまく風よけになってくれて、宇野選手は伸び伸びと滑れた面はあるのだろう。

先頭を走る者のつらさは当人にしかわからない。が、羽生選手が経験したことを、いずれ宇野選手も理解する日が来る。そうやって継承されることが「伝統」というものを形づくっていくのだと思う。羽生選手の前には高橋大輔さんが風を受けて走っていた。

羽生選手や宇野選手は平昌で新たな歴史の1ページを開いたけれど、彼らが押し開いた扉の後に続こうとする者も必ず出てくるだろう。ドイツやブラジルのサッカー選手がW杯の代表になれば常に頂点を目指すように、王者の後に続く者は必ず王者を目指す。そういう流れができているフィギュアスケートは本当にすごいと思う。

何ものにも勝るスポーツの価値

フィギュアスケート以外にも今回の冬季五輪は、日本の選手たちが、心震える感動の時間をたっぷり与えてくれた。スピードスケート女子500メートルで優勝した小平奈緒選手(相沢病院)が、3連覇を狙いながら2位に終わった韓国の李相花(イ・サンファ)選手を抱擁し、ともに健闘をたたえ合った場面はメダルよりも価値があったのではないだろうか。同じ競技・種目で長年にわたり、しのぎを削りあってきた者同士にしかわからない心のつながり、リスペクトの精神に涙が出そうになった。

団結すること、結束すること、挫折を乗り越えて力を尽くすことの尊さ、国境や民族や言葉の壁を越えて友情を築くことの美しさ、日本人であることの誇り……。言葉にすれば気恥ずかしいとか、教育的になって説教臭くなってしまうことを、スポーツを通してなら、すんなりと伝えられるし、受け入れられる。そういう感情を育むことができる。それは何ものにも勝る、スポーツの尊い価値ではないだろうか。

平昌冬季五輪の期間中、みんな、どれくらい泣いたことだろう。日本と韓国では時差がないので、体に無理なく、ライブのわくわく感を堪能できた。特にお子さんたちが起きている時間にいろいろな競技がライブで見られたのは本当によかったと思う。世界のアスリートのハイレベルなパフォーマンスは子供たちの心を激しく揺さぶり、火もつけてくれたことだろう。中には「自分もあそこで、あんなことをしたい」と夢や目標にした子供もいるだろうし、スポーツをしなくても「自分も何か頑張れるものを持ちたいな」と思った子もいるだろう。この「やる気の引き出し」はカネには換算できないくらいすごいものだと私は思う。子供の心をわくわくさせ、伸び代をつくる、そんなスポーツの効用や価値について、もっともっと日本人には気づいてもらいたい。

平昌冬季五輪が終わった今、私の目は自然に2020年東京五輪・パラリンピックに向けられる。当たり前だが、時差がない五輪・パラリンピックは20年東京五輪もそうだ。2年後の夏、どれだけの熱狂が日本列島を包むのか、子供たちの心をわしづかみにするのか。想像するだけでも胸が高鳴ってくる。

サッカー日本代表も未踏の領域に

サッカーの試合中継で解説の仕事をしている立場としては、今回の冬季五輪はいろいろと勉強にもなった。テレビの映像を見ていると、カメラはあらゆる角度から選手のパフォーマンスを撮っているし、スーパースローとか3Dを使った感じの再生映像もどんどん使われる。ほんの微細な動きも見逃さないかのように。すごい映像のクオリティー。20年東京五輪・パラリンピックはもっとすごいことになるのだろう。

ここまで映像が進化してくると、その画面にかぶさるアナウンサーや解説者の言葉、中身も磨き上げていかないと、バランスが取れなくなる気がした。スポーツ中継もまた、スポーツの価値を高める上で貴重な役割を果たすだけに、私も含め、伝える側にもさらなる研さんが求められるのだなと。

冬の五輪・パラリンピックが終われば、球春が到来する。6月になれば、スポーツを愛する人たちの視線はおのずとサッカーのW杯へ送られるだろう。こちらは6月から7月にかけて約1カ月間、大陸予選を勝ち抜いた31チームとホスト国のロシアが頂上を目指す、地球規模のお祭りである。リオネル・メッシ(アルゼンチン)やクリスティアーノ・ロナルド(ポルトガル)ら千両役者には事欠かない。

4年に1度、世界の中での立ち位置を知ることができるこのビッグイベントに日本は今回、6大会連続で挑む。これまでの最高成績は02年と10年のベスト16だ。日本を沸かせたウインタースポーツのアスリートのように、日本代表の選手たちもぜひとも未踏の領域に踏み込んで、そこから見える景色を心ゆくまで楽しんでもらいたい。

(サッカー解説者 山本昌邦)

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