落語家を揺さぶる「黒い罵声」
立川吉笑

隔週日曜に更新している師匠・談笑と私によるまくら投げ企画。今回もよろしくお願い致します。
今年も命からがら何とかバレンタインデーをやり過ごすことができた。
落語家という人気商売に携わる以上、人気の有無を差し入れの数によって可視化されてしまうバレンタインデーという冷徹で無慈悲な一日を避けて通ることはできない。
■漆黒の闇にたたずむ
同年代の若手落語家には、男の僕から見ても「カッコイイなぁ」「すてきだなぁ」と思う方が大勢いて、当然彼らにはたくさんのチョコレートやクッキーが届けられる。一方で自分には、そういった異性を引きつける魅了が皆無だということも自覚している。
バレンタインデー前後の落語会は、終演後に楽屋を出るとたくさんの女性ファンが出待ちをしていて、「キャー!!○○さんよ~」と黄色い声援を上げながら、目当ての落語家に駆け寄ってくる。
周りの仲間が黄色い声援に包まれている中、一人だけ漆黒の闇にたたずむ僕。慣れているから大丈夫とうそぶいてみても、やっぱり悲しいものがある。
ただ勘違いしてほしくないのは、僕が決して人気がないわけじゃないということ。僕を応援してくださる方もたくさんいる。
それなのになぜ、仲間が黄色い声援に包まれる中、自分だけ漆黒の闇にたたずむことになるのか。それは、僕を応援してくださるファンの方が誰一人「黄色い声援」を送ることができないからだ。
僕のファン層は70代の男性が圧倒的に多い。そして70代の男性は「キャー!!」という黄色い声援を送ることができない。そりゃ当然のことだ。
僕のファンの皆さんも精いっぱい僕に声援を送ってくださるけど、明らかに「色が黒い」のだ。
周りのイケメン落語家たちが「黄色い声援」に包まれる中、僕は「黒い声援」に引きずり込まれている。
周りの先輩たちは
「吉笑は黒い声援に包まれていて羨ましいよ」
と励ましてくださる。
「何でですか?」
と聞くと
「だって考えてみろよ。お前はさぁ、例えば俺たちのファンからやじられたとしてもそれは『黄色い罵声』だからそんなにダメージないだろ?
でも俺たちがお前のファンからやじられたらそれは『黒い罵声』だから、めちゃくちゃダメージでかいぜ」
とのこと。
■「マジでつまんないんですけど」
確かにそれは一理ある。僕が高座に上がっていると他の落語家のファンから
「マジでつまんないんですけど~」
とやじられることがある一方で、他の落語家は僕のファンから
「こらぁ、はよ引っ込まんかい、ドアホ。いてまうぞ!!」
と罵られることになる。
確かに僕のファンが送る罵声は高品質だ。
ここで立ち上がってくる問題は「黄色い声援」で自分が癒やされる方がいいのか、「黒い罵声」で相手を圧倒するのがいいのか、どちらを取るのかということだ。黒魔法と白魔法(この場合黄色だけど)、どちらの力を自分が得るのか決めることは、思想・哲学と直結する。
内省し、自分の奥の奥、深層心理と向き合った結果、それでもやっぱり僕は「黄色い声援」を送られるようになりたいと思った。
誰かを倒して生き残るよりも、自分が倒れないようにして生き残りたい。
ある日僕は、自分のファンを家に招いて、そのことを打ち明けた。
これまで応援してくれたことは本当にありがたいと思っているし、僕もみんなのことは大好きだ。その上で、これからは僕のことを思って「黒い罵声」で他の落語家を傷つけるんじゃなくて、それだったら僕のことを思って「黒い声援」でもいいから、僕を癒やすようにしてほしいんだ、と。
こんな傲慢な物言いはないし、これで愛想を尽かされて僕の元からファンがいなくなってもいいとさえ考えていた。
ところが、彼らの反応は予想外のものだった。
「吉笑はん。わてらのために色々考えてくれておおきに。わてらファンは、吉笑はんあってのファンや。おまはんがおらんかったら、わてらはこの世におれんのや。よっしゃ、わてらはこれから二度と黒い罵声を他のクソ落語家どもにはぶつけへん。約束する!」
「あ、ありがとうございます。じゃあこれからも僕に黒い声援を送ってくれるんですか?」
「何言うてんねん、吉笑はん。黒い声援送られたところで、何も気持ちええことおまへんやろ。任しなはれ、こうなったらワシら、頑張って黄色い声援送れるようになりますわ!」
彼らは僕のために声色を変える決心をしてくれたのだ。
持つべきものはやっぱりファンだ。こんなにありがたいことはない。
「そうと決まれば、早速練習や! みんな、行くでぇ~。あっ、、、みんな、行くわよぉ~!」
そう言って、彼らは夜通し黄色い声援を送る練習をし、僕はそんな彼らに黒い声援を送り続けた。
落語会が終わる。楽屋口。
今日も「キャーっ!!○○さん~、すてき~!」とイケメン落語家の周りには10代20代の若い女の子から黄色い声援が飛び交っている。
その横で負けじと
「わぁ~~、吉笑はん、、、あ、ちゃう、、、吉笑さんよぉ~」
「ほんまや、、、あっ、、本当よ、、、吉笑はん、、、吉笑さんよぉ~」
と一生懸命黄色い声援を上げようと頑張ってくれている70代のおじさんたち。
軽口をたたく癖がある先輩から
「おい、吉笑。なんだよお前のファン。楽屋口で奇声を上げられたら迷惑だろ」
と言われてしまった。
側から聞いたら奇声に聞こえるかもしれないけど、僕にはちゃんと黄声に聞こえた。
そして同時に自分が間違っていたことに気づいた。
■黒光りする声援
「みなさん、僕のために頑張ってくれてありがとうございます。でもやっぱり僕が間違っていました。無理して黄色い声援を上げてもらわなくても、僕はみなさんが、ただ僕を応援してくださる、それだけで本当に励みになります。それだけでいいんです。こんな僕でもよければ、これからも黒い声援で構いません。こんな僕を応援していただけますか?」
僕が泣きながらそう言うと、彼らは
「あたり前やないか。顔を上げなはれ吉笑はん。わてらはあんたのファンや。あんたがおらな、わてらはおらんのや。よっしゃ、みんな。わてらの吉笑はんのために、声援送るで~!」
「よっしゃ任せんかい!」
「吉笑はん! 今日の高座もえぐかったで。まるでどタマかち割られてストローで脳みそチューチュー吸われたみたいな衝撃やったわ」
「吉笑はん、これ差し入れのカップ酒とスルメや。ライターでちょっとあぶって食ったらごっつうまいで!」
と、いつも以上に真っ黒な声援を僕に送ってくれた。
その純粋な黒い声援は、あまりの黒さで黒光りしているようで、僕にはじんわり輝いて見えた。

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