2018年12月11日(火)

なぜホンダだったのか ジェット初の年間首位

2018/2/22 23:40
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ホンダのビジネスジェット機「ホンダジェット」の2017年の納入機数が機種別で初の年間首位となった。機体サイズや市場は異なるものの、開発が難航する三菱重工業の小型旅客機「MRJ」と比べ躍進ぶりが際立つ。航空機参入の壁を乗り越え、ホンダが結果を出せたのはなぜなのか。

「例えるなら空飛ぶスポーツカーです」。ホンダジェットの生みの親である藤野道格氏は21日、こんなコメントで喜びを表現した。

7人乗りのホンダジェットの最大の特長はエンジンを主翼の上に置く独特の設計にある。胴体にエンジンを取り付ける競合機と比べ室内空間を広く取れ、騒音も小さい。世界の航空機メーカーでは唯一、ジェットエンジンを自社で供給し、燃費性能が競合機より最大2割、最高速度も1割ほど高いのが強みだ。

販売網も自社で展開し、実績のある米企業から営業担当を引き抜くなど体制を整えてきた。今回は北米の好調が首位奪取につながったが、藤野氏が今、足しげく通っているのがアジアだ。17年にタイで1号機を納入し、1月末には中国・広州にもディーラーを開設。「空飛ぶスポーツカー」のコンセプトを持ち込み成長市場で勝負する。

ホンダがジェット機の研究を始めたのは1986年。研究所内の一角で事業化の期限も決めず、当初は知見の蓄積に徹した。初号機を引き渡す15年末までの約30年間、売り上げはゼロだった。

資金が潤沢だったわけではない。業績が悪化した97年には、藤野氏が当時の川本信彦社長に直談判しチームを存続させたが、条件は「事業化を前提としない研究目的」。事業化を決め、初めて工場を建設するなど本格的な投資を始めたのは06年だ。この時点で開発着手から20年たっていた。

いわゆる日の丸ジェットを巡っては、08年に事業化を決めた三菱重工が5度の遅延で納入時期が当初より7年遅れ、危機に立たされている。それでも事業化決定からはまだ10年。商用化まで10年というのは航空機産業ではむしろ一般的だ。ホンダは事業化決定から9年で商用化にこぎ着けたが、それまでに20年に及ぶ助走期間があった。

現状だけを比べれば明暗が分かれているものの、ホンダも日本企業で初となる米当局からの認証取得には手を焼き、初号機納入は5年遅れた。そもそも航空機の開発遅れは日常茶飯事。米ボーイングも中型機「787」で7度も延期している。異業種が参入への高い壁を乗り越えるには我慢が欠かせない。ホンダジェット成功の背景には、技術者の「遊び」を重視した、創業世代から続くホンダ流の「我慢の新事業育成法」がある。

もっとも順調にみえるホンダジェットも収益貢献は道半ば。17年4~12月期の営業損益は300億円強の赤字だった。納入機数が増えてもサービスなどで稼ぐには時間がかかる。ビジネスとして軌道に乗せるまでの我慢はもう少し続きそうだ。

(杉本貴司、古川慶一)

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