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五輪選手の体にセンサー 計時のオメガ、動きもつかむ

「ビッグデータ」時代幕開け AIと結びつけばコーチ代わり?

スキージャンプ用のセンサーは板にとりつけた(オメガ提供)

オメガといえば、五輪会場にある電光掲示板の赤いマークでおなじみだ。1932年以来、ほぼすべての五輪でタイムの計測を担ってきた。そのオメガが2018年の平昌冬季五輪で新たな分野に踏み出した。選手の体にセンサーを取り付け、競技中の細かな動きをつかもうというのだ。集めたデータは選手に還元して練習に役立ててもらうとともに、観客にも競技を楽しむツールとして提供する。五輪も「ビッグデータ」の時代に突入しようとしている。

赤い色の電光掲示板は五輪でおなじみ(平昌五輪のスキージャンプ場、オメガ提供)

日本の平野歩夢選手も活躍したスノーボードのハーフパイプ。空中を舞う選手たちの膝下に小さなセンサーが巻き付けられていたことに、どれだけの観客が気づいただろうか。

スタート地点からフィニッシュまでの間には複数のアンテナが立っていて、センサーが発するデータをリアルタイムで読み取る。選手は何メートルの高さまで飛んだのか、いくつ回転して、どんな動きをしたのか。それらのデータが集約されて、オメガのシステムに送られる。

第1に選手、次に観客のため

「オメガは長年、競技のスタートとフィニッシュに関するすべてのことを把握しようとしてきた。センサーの導入により、その間の競技すべてについて把握できるようになる」。オメガ子会社で五輪などの計時を手がけるオメガタイミングのアラン・ゾブリストCEO(最高経営責任者)は語る。

オメガが五輪でセンサーを使ったのは平昌大会が初めてだ。選んだ競技はアルペンスキー、アイスホッケー、スキージャンプ、ボブスレー、ハーフパイプ(ビッグエア含む)の5つ。「それぞれで求められている機能が異なるため、オメガが独自に別々の仕様のセンサーを開発した」(ゾブリストCEO)

ボブスレー用のセンサーは時速100km超の動きも捉えられる

最も大きなセンサーを使うのがボブスレーだ。手のひらほどの箱と短いアンテナからなり、そりの内側にとりつける。時速100キロメートル超のスピードで疾走するそりの動きを捉えるには独立したアンテナが必要で、1秒間に1万6000ものデータを送信できるという。

逆に最も小さいのはアイスホッケー。縦5センチ、横3センチ、厚さはわずか数ミリ。選手はこれをウエアの背中に貼り付けてプレーする。アルペンスキーはホッケーより一回り大きくて、ブーツの後ろに取り付ける。「広い屋外をカバーしなければならないアルペンスキーと、スタジアムの屋内に限られるホッケーの違い」(同上)という。

アルペンスキー用センサー(左)とアイスホッケー用(オメガ提供)

いずれの場合もセンサーは選手のプレーに影響しないよう、小さければ小さいほどよい。カギを握る部品がバッテリーで、オメガのレイナルド・アッシェリマンCEOは「我々のバッテリーは世界で最も小さい」と技術力に自信を見せる。すでに冬季だけでなく夏季五輪の競技向けにも多くのセンサーを開発済みで、20年の東京大会ではさらに多くのセンサーが使われそうだ。

オメガは、センサーで集めたデータをどう活用しようとしているのか。

「最大の目的は、アスリートを助けることだ」とオメガのアッシェリマンCEOは言う。「五輪で最悪なのは4位。さらに上を目指すには何が足りないのか、ジャンプの距離なのか、スピードなのか、カーブの曲がり方なのか。アスリートはデータをもとに自分の課題を見つけて、効果的にトレーニングできる」

チーム戦略を考えるコーチにとっても、データは貴重な武器となる。たとえばアイスホッケーは試合展開が早いため、肉眼では個々の選手やパックの動きを追い切れない。だがオメガから提供されるデータとソフトを使えば、リアルタイムで正確に把握できる。試合後にフォーメーションの良しあしを分析することも可能だ。

もう一つ、オメガがセンサーで狙っているのが観客を楽しませることだ。「競技をより魅力的にするため、できるだけ多くの情報を会場やテレビの前の観客に届けたい」とアッシェリマンCEO。たとえばスキージャンプであれば助走、踏み切り、そこから20メートルの空中、着地の4地点のスピードを即座に表示できる。

もっともオメガの試みは緒に就いたばかりだ。平昌五輪を見る限り、試合ではセンサーをつけている選手とつけていない選手が混在していた。センサーをつけるかどうかの決定権が選手にあったためだ。「選手や競技団体の意見を聞きながら改善を重ねた」(オメガタイミングのゾブリストCEO)というものの、選手の側は慣れないセンサーに不安も大きかったようだ。センサーをつけるメリットが選手に浸透しきっていないともいえる。

観客にどう情報を伝えるかも改善の余地が大きい。スキー会場では電光掲示板にスピード数値が並ぶだけで、なじみの薄い人にはその意味が伝わりにくかった。2カ所あるアイスホッケーの会場の1つは電光掲示板が小さくて、情報を伝えきれない印象だった。テレビの放送でも、センサーをつけていない選手が目立ったせいか、データはあまり使われなかったようだ。

オメガは平昌五輪が終わった後、同社が支援するほかの大会でもセンサーを取り入れる計画だ。十分なデータを集めて有効活用するにはアスリートやコーチはもちろん、競技場の設計者やテレビ局まで巻き込む必要がある。東京五輪まであと2年半。試行錯誤を重ねながら、どこまで改善できるかが問われる。

「IoA」でスポーツ界に大変革

オメガが平昌五輪で開いた新時代は、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」ならぬ、「IoA」(インターネット・オブ・アスリーツ)といえる。それは、オメガが意図するかどうかにかかわらず、スポーツ界に大きな変革をもたらす可能性がある。

まず第1にあげられるのが人工知能(AI)との融合だ。オメガと同じく五輪の最高位スポンサー(TOP)となっている中国のアリババ集団は、クラウドのデータをもとに個々のアスリートに対してどんなトレーニングをしたらいいか助言しようとしている。センサーは選手の心拍数、体温、血圧など身体の情報もとれるため、優れたコーチのいない途上国からも強い選手が育つ可能性がある。

2つ目の変革は審判だ。体操などは技が複雑になるにしたがって、人間の目だけで正確に見極めることが難しくなっており、センサーへの期待が高まっている。実際、富士通は3Dレーザーセンサーによって体操選手の動きを把握し、技の種類を自動的に特定する研究に取り組んでいる。将来は、AIが審判の一部を担うとさえいわれる。

だがオメガは、そのいずれにも消極的だ。AIについては「データは提供するが、自らコーチにはならない」。体操などの演技評価についても「審判が必要とするビデオ再生や採点ボードなどのシステムを提供することが役割」と素っ気ない。時計メーカーという本業から逸脱しないという意思表示ともとれるが、気づいたときには時代に追い抜かれている恐れもある。

「センサーの外販も選択肢の1つ」

オメガ社長兼CEO レイナルド・アッシェリマン氏
インタビューに答えるオメガのアッシェリマンCEO(2月11日、韓国・江陵市で)

――平昌五輪でセンサーの導入を決めた理由は何ですか。

「五輪における我々の使命は、完璧なタイムキーピング(計時)だ。そのために我々は常に新しい技術を開発している。今回のセンサーは(大会から)求められたわけではなく、我々の使命をより完璧に果たすために、我々がやりたいと考えた。我々はスポーツの発展に貢献したいし、それは我々の誇りでもある」

――五輪のために開発した技術をどう本業に生かしていきますか。たとえばセンサーの技術をもとに、ウエアラブル端末を出すつもりはありませんか。

「私はスマート端末と時計はまったく違うものと考えている。オメガの時計はほとんど機械式で動いている。手作りだからこそ美しくファッショナブルで、人々の心に近づくことができる。ランニングなどで(距離や心拍数を測定できる)スマート端末をほしがっている人がいることは知っているが、それよりも我々は、ランニング後に外出する時のための美しい時計を提供したい」

――IoTの流れもあって、センサーの用途は一般の社会でますます広がると思われます。オメガのセンサーを外部の企業に販売するビジネスは考えられませんか。

「オメガの本業は時計であって、そこから外れることはない。ただ我々のグループ(スイスのスウォッチグループ)には、ほかのサイドビジネスをしている企業もある。我々と競合しないほかの業界の人が、我々の技術を使いたいというのであれば、提供してもいいのではないか。我々の技術は、幅広い分野で生きるはずだ」

――アスリート向けのクラウドサービスについてどう考えていますか。分析まで担うつもりはありますか。

「センサーで集めたデータはアスリートとコーチのためのものであって、だれもが見られるようにはしない。アスリートは自分の戦略的な情報は秘密にしておきたいはずだ。また我々はデータは提供するが、自らコーチになるつもりはない。彼らは自分たちで上手にデータを活用するだろう」

(オリパラ編集長 高橋圭介)

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