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選手の大敵「イップス」に打ち勝つには

キャンプ取材の楽しみにプロ野球界以外の人との出会いがある。今年は宮崎でその幸運に恵まれた。朝、ホテルのサウナに入っていると、見覚えのある男性がいることに気付いた。前夜、同じサウナで会った人だ。面識はなかったが、話しかけてみた。「昨日もお会いしましたね」。聞けば、東海大学体育学部教授でスポーツ心理学を教えている高妻容一さんという方で、いろいろな球団に請われて講演やキャンプの視察をしているそうだ。

サウナで即席の講義を受ける中、気になることが思い浮かんだので尋ねてみた。「阪神の藤浪晋太郎は治りますか」。荒れ球が特徴の藤浪は昨季、いよいよ制球がままならなくなり、何度も2軍に降格。成績は3勝5敗に終わった。うまく投げられない、いわゆるイップスの状態に陥った藤浪がはたして再起できるのか、心理学の観点から意見をうかがいたかった。

藤浪の昨季の不調は精神面の影響も大きかったのではないか=共同

解決策の一つは呼吸法

高妻先生は「治ります」と即答した上で、解決策の一つに呼吸法を挙げた。たとえば、投球するときに息を吐くようにする。考えるのは、ただ「息を吐こう」ということだけ。呼吸に意識を持っていくことで「ボールになったらどうしよう」「打者に当てはしないだろうか」といった邪念が消え、落ち着いて投げられるというのだ。

イップスになる人は案外、多い。投手が送りバントを処理する際、一塁手の方へ走っていき、下からトスする場面をよく目にする。全員ではないにしても、一部の人はイップスの可能性がある。捕手に向かって全力で投球することを常とする投手は、力を抜いて放ることがなかなかできないようだ。そこで、わざわざ一塁手に近寄っていって下から投げる安全策を採る。かつて小林繁さんが敬遠しようと投げた球が暴投になり、サヨナラ負けを喫したことがあった。投手にとって軽く投げることがいかに難しいかをうかがわせる逸話だ。

投手に限ったことではない。ある捕手は投手にうまく返球できず、イップスになった。特に投手が年上だと「先輩の胸にきっちり返さなければ」という意識が過剰になり、自分にプレッシャーをかけてしまっていたようだ。一塁にうまく送球できないがために内野手から外野手に転向したケースもよく聞く。

阪神の投手がちょっとでも制球を乱そうものなら甲子園のファンがざわつき始める。四球連発なら激しいヤジが飛び、失点を重ねれば怒号に包まれながら降板。翌日は関西マスコミの厳しい論調のえじきになる。藤浪の昨季の不調は技術面はもちろんだが、精神面の影響も大きかったのではないか。「チームのみんなはどう思っているだろう」「またファンが騒ぎ出すのではないか」などと要らぬ邪念を抱え、自滅した印象がある。

私が球団創設1年目の楽天の監督を務めた2005年、チームは38勝97敗1分けの最下位に終わった。2勝5敗ペースで苦しいときばかりだったが、シーズン中、女房が驚いたように聞いてきたことがある。「なんで寝られるの?」

負けが込めば寝られなくなる監督が多いようだが、私は床に就いたら10分とたたずに眠っていた。理由の一つに、課題を自分一人で抱え込まないようにしたことがあった。優秀なコーチたちがいるのだから、課題があればコーチ会議で皆が意見を出し合い、しっかり議論して結論を導き出すまで。そこで解決策が出ているから、布団に入ってから悩む必要はなかった。

胃が痛くなることもなかった。勝率が5割程度はいくチームを預かり、自身の采配で負けた試合がいくつも出てくれば胃が痛くもなるだろうが、当時の楽天は選手を寄せ集めて何とかこしらえたチーム。他球団より明らかに力が劣っていて、「早く胃が痛くなるようなゲームがしたいな」と思うほどだった。

厳しい言葉は期待の裏返し

石川にはこうと決めた道を突き進む強さがある=共同

胃痛と無縁だったのは、私が他人にどう見られるかを気にかけない性格もあったからだろう。負けが続いて他人に何をいわれようが、全く気にならなかった。そんな話を高妻先生にしたら「そういう人、意外と少ないんです」。現役時代にイップスとも無縁だった私が思うに、日本人は何かと他人の目を気にしすぎるきらいがあるのではないか。ただ、それでは何をしても楽しく思えないはずだ。

阪神のある若手が「阪神ファンの応援は95%くらいがヤジです」と苦笑交じりに話したことがある。聞いていて寂しい思いがした。お客さんがヤジを飛ばすのは、それだけ応援したい思いがあるから。そういうファン心理を理解せず、味方であるファンをあたかも敵のように感じているとしたら筋違いもいいところだ。この若手にしても藤浪にしても「厳しい言葉は期待の裏返しなんだ」と思うだけで、メンタルの問題はほとんど解消されるはず。ヤジも給料のうちなのだ。

藤浪とともに気になる選手にヤクルトの石川雅規がいる。2桁勝利を11度もマークしたエースが、昨季は4勝14敗に終わった。

先ごろ、親交のある歌手のさだまさしさんから電話があった。大のヤクルトファンのさださんがヤクルト投手陣と食事をした際、石川がこんな話をしたという。「プロ野球で一番すごいナックルボールを投げたのは田尾さんです」。確かに、私はナックルを投げたことがある。中日にいたころ、米大リーグでナックルボーラーとして活躍していたフィル・ニークロが来日し、教えにきた。投手陣が誰一人としてナックルをマスターできなかった中、唯一それらしい球を投げたのが外野手の私だった。

さださんに「石川がナックルを教えてほしいと言っているんだけれど、教えてあげてくれる?」と言われて快諾。沖縄のヤクルトキャンプで手ほどきさせてもらった。感心したのはその向上心だ。昨季4勝にとどまり、何かを変えなければという思いが強いのだろうが、常勝チームとはいえないヤクルトで156勝を挙げ、38歳になった投手が、プロでは1球も投げていない私に教わろうというのだ。実績にあぐらをかかず、変なプライドも持たずに、さらに上達したい一心で必死に取り組む。この姿勢が身長167センチの小さな大エースを支えてきたのだなと思った。

4年ぶりに指揮を執ることになった小川淳司監督が言っていた。「うちには小川泰弘もいるけれど、石川の野球に対する姿勢を見ていると、彼を開幕投手にしたくなりますね」。誰にどう見られようが、何を言われようが、こうと決めた道を突き進む強さが石川にはある。素直で強靱(きょうじん)な心を持つ彼なら、厳しいヤジをも糧に復活を遂げるに違いない。

(野球評論家 田尾安志)

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