小平、氷上の求道者 己の殻破る
「アスリートとして自分自身を表現する言葉を3つ教えてほしい」。スピードスケート日本女子初の金メダルに輝いた500メートルのレースから一夜明けた19日の記者会見。外国人記者の質問に、小平奈緒(相沢病院)はじっくりと考えてから、こう述べた。「求道者、情熱、真摯」。そのどれもが31歳のスケート人生を言い表している。だが、最初に挙げた言葉が象徴的だった。小平はスケートの求道者そのものだ。

「究極の滑り」「自分の限界を破るスケーティング」。小平は、他者にはうかがい知ることができない高みを追い求めてきた。「(スケートは)どんどん面白いことが出てくるので、どこが満タンかわからない。理想の滑りを身につけたときには、もう一つ上の理想の滑りが見えるような」と語ったこともある。
小平に滑りの感覚を具体的に尋ねても、「言葉にすると、それにとらわれてしまうので」と断られることもしばしば。自ら信じた道を歩み、自分の世界観を持つ。「世界一の練習をやっている」との自負もあった。そうした求道者たる姿勢が小平の成長を支える一方、世界で伸び悩んだ要因の一つのようにも映った。
心に変化が生じたのは、2014年ソチ五輪後に単身で2年間のオランダ武者修行に出たこと。それは井の中の蛙(かわず)が大海を知るようなもの。たとえば頭が前に突っ込みすぎていたフォーム。ソチ五輪の練習のときに海外勢から疑問視する声も上がっていたが、かつては自分のフォームを疑わなかった。だがオランダでコーチから同じ指摘を受けると修正に着手し、ワールドカップ初優勝へとつなげた。
オランダではオンとオフの切り替えも学んだ。疲労の蓄積を心配する結城匡啓コーチから「頼むから俺の言うこと聞いてくれ」と練習をやめるよう説得されても、小平は「まだ滑りたい」と休みも取らず氷の上に立ってきた。だから従来はシーズン後半になると決まってパフォーマンスが落ちることも。でも視野の広がった小平が休日を受け入れ始めると、年間を通してコンディションを維持できるようになった。
オランダ流に染まったわけではない。オランダと日本、双方のいいところを深く考え抜いた。オランダで合わなかった練習について日本に帰ってからも自己流を貫いている。結城コーチは「彼女はオランダで、考え方が全然違う人になって帰ってきた」と振り返る。小平も実感を込める。「オランダにいた2年間は自分自身とは何かを探すような時間だった。現状に満足しても変わらないと気づいた。型にはまらないオリジナリティーが自分の中で生まれ始めた」
探究心を持って理想の滑りを追い求めてきた経験。オランダで世界のトップを間近で見続けてきた経験。勇気を持って自分を変え、2つの経験が融合した先に金メダルが待っていた。成熟した求道者のゴールはどこにあるのか。小平に聞くとすぐに答えが返ってきた。「駆け抜けている途中なので、今はまだゴールが見えてきません」。理想を追い求める旅はまだ続く。
(金子英介)