羽生 逆境を力に 順風満帆なら金とれなかった
羽生結弦(ANA)が右足首をケガした昨年11月9日から、今月11日に仁川国際空港に着くまで、片手で数えられるほどしか情報がなかった。
状態が良ければ回復情報は出てくる。「五輪に間に合うと判断した」。日本スケート連盟の小林芳子フィギュア強化部長は昨年12月、代表選考理由をこう説明し、症状の説明は避け続けた。あまりに情報がなく、「かなりまずいのでは?」という臆測を呼んだ。

66年ぶりの五輪2連覇の偉業で全ては丸く収まったが、臆測もほぼ正しかったと分かった。
「ケガの詳細な状態は分からないです」。18日の記者会見で羽生は話した。検査も受けたが、靱帯損傷に加え、ひねった方向が複雑すぎて治療法もすぐに判断できない。「痛み止めの注射を打ちたかったけど、打てない部分だった。痛み止めの薬を飲んで飲んで飲まないと、ジャンプを跳べないし、降りられない。治療期間が欲しいです」
五輪でなかったら、欠場していたかもしれない。その状態での偉業達成の理由を、メンタルの強さだけで片付けては羽生に失礼だ。
羽生は勉強好きだ。ソチ五輪シーズンから、大学の授業をオンラインで受講する。特に人間工学、力学、運動生理学……。スケートにつながるような科目は趣味のように学んでいる。「解剖学とか好きです。この知識があると、ケアしてもらうときに便利ですよ」
羽生自ら「ソチからの4年間は(故障に)苦しみ抜いた。こうなるとは思い描けなかった」と苦笑いするほど、アクシデントが多い。そして一番大きい試練が五輪本番3カ月前に来た。珍しく仕上がりが早く、トラブルがないシーズンだと思っていたら、スケートの神様は王者に楽をさせなかった。「でも、あのまま順風満帆だったら、金メダルをとれていない。これは間違いなく言える」
氷に乗れない2カ月間、座学の時間とした。過去の映像を見て五輪で演技するイメージを膨らまし、リハビリ、治療方法などむさぼるように学んだ。「心拍数とか、メンタルコントロール術だけでたくさんの論文がある。競争の心理学とか面白い」。座学をここまで好む現役アスリートは少ない。普通はコーチ、監督が主にすることだ。
「いろいろなことを考え、分析して、最終的に自分の感覚とマッチさせて氷上で出せることが一番の強み。だからこそ爆発力が出る」と羽生。もともと練習量の少なさで知られたが、このまれな才能があるからだろう。
鼻っ柱も強く、「打倒羽生」と自分より若い選手が仕掛けた「4回転ジャンプ競争」も正面から受けて立った。一方で、「4回転がなくても上位に入る選手がいる。将来は4回転だけが全てじゃない」。質や表現力が重視されつつある採点傾向も、2017年世界選手権直後には読み切っていた。ライバルのメンタル面を含む力量など、的確に把握していただろう。
はた目にはリスクの高い挑戦に見えたが、羽生は勝機を十分見ていた。だからこそ、フリーを終えた瞬間、得点を見ずして金メダルと確信した。
「現在のフィギュア技術、演技の分野でも一番上に来たと胸を張って言える」。羽生はさらりと言った。次の目標に掲げた4回転半ジャンプの実現にもアクシデントはついてきそうだが、知識と感覚を総動員させ、軽やかに決めていくのだろう。
(原真子)