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エンゼルス大谷、手探りで歩み始めた道なき道

スポーツライター 丹羽政善

大谷翔平(エンゼルス)の目には、何が映っていたのだろう。

2月14日の米大リーグのキャンプ初日。アリゾナ州テンピのキャンプ施設に隣接したホテルで記者会見が開かれると、150人を超えるメディアが詰めかけた。

キャンプ初日、大谷(中央)の記者会見には150人を超えるメディアが詰めかけた=共同

投打の「二刀流」への期待、好奇心、半信半疑、はたまた物珍しさ――。そんな様々な視線を大谷はどう受け止めていたのか。

そうして注目されることを大谷は「日本でもそんなにプレッシャーのかかる方ではなかった」と振り返った。まるで他人事のようだったが、比較されているのはあのベーブ・ルースなのである。「日本のベーブ・ルース」という肩書はありがたいようで、重いようで……。

ルースの二刀流、ちょうど100年前

そのルースが二刀流をしていたのは、ちょうど100年前のこと。厳密にいえば、1918年と19年の2年間である。

通算714本塁打を放ち、本塁打のイメージが強いルースだが、もともとは投手だった。15年には28試合に先発して18勝8敗、防御率2.44。翌16年には40試合に先発して23勝12敗、防御率1.75という記録が残る。17年は38試合に先発して24勝13敗、防御率2.01で、この2年の投球回数はいずれも300イニングを超えている。ただ、18年になると投手での出番が減り、先発回数は19回。レッドソックスでの最後のシーズンとなった19年は15回しか先発していない。

大谷にとって「日本のベーブ・ルース」という肩書はありがたいようで、重いようで……=共同

代わって、野手としての出場が増えたのは、ルースが投げない日もプレーしたがったこと、17年に米国が第1次世界大戦に参戦すると、徴兵によって選手が足りなくなったこと、またルースが試合に出場するとお客さんが増えた――といった事情が背景にあったよう。だが、18年5月6日に初めて野手としてスタメン出場すると、同年、11本塁打を放って初タイトルを獲得。またその年、投手としても13勝7敗、防御率2.22という非凡な数字を残し、2桁勝利、2桁本塁打をマークすると、それが大谷にとって唯一の道しるべとなった。そして今年、大谷が大リーグで2桁勝利、2桁本塁打を記録すれば、実に100年ぶりのことになる。

会見場に多くの米メディアが駆けつけ、その模様が全米で生中継までされたのは、そんな含みもあったはずだ。ではそのルースはどのように2つを両立させていたのか。それは今後、大谷が向き合っていくテーマでもあるが、そこにもルースの規格外ぶりが残されている。

たとえば18年8月は、こんな感じで出場していた。

8月4日はダブルヘッターの1試合目に中2日で先発すると、延長12回を完投。2試合目には左翼で先発出場している。その後も中2日、中3日で先発し、途中降板は一度だけ。投げない日は主に左翼でフル出場した。この月、投手としては8試合に先発して6勝2敗、防御率1.73。打者としては78打数22安打、0本塁打、打率2割8分2厘という数字が残る。

本塁打こそないが、30~31日は2日連続でダブルヘッダーに出場。先発マウンドにも立ち、完投をしている。疲れ知らずと映るものの、改めて試合記録をたどると、8月25日から29日まで、試合がなかった2試合を含めて5日間を休養に充てている。実は同年5月の記録を見ても、まとまった休みを挟んでいる。

今となっては本当の理由がわからないが、それなりに意図も感じられる。休養と判断し、それを参考にしたと思われるのがレイズだ。

彼らは昨年6月、ドラフト1位(全体4位)でブレンダン・マッケイという二刀流選手を指名した。そのマッケイは7月に早速マイナーリーグでデビューすると、二刀流に挑戦。8月に入ると日曜日に先発し、ブルペンに入る水曜日以外は、野手として出場するというパターンを確立させた。しかし彼もまた8月14日から3日間は試合を欠場しており、これも計画的と考えられる。

となると大谷の場合も週1回の先発と仮定した場合、中6日のうち野手として出場するのは何回かということが焦点になっているわけだが、月に一度は3~4日のまとまった休みを取らせるのではないか。そこで先発を飛ばすことも、もちろん選択肢の一つだろう。

ちなみにマッケイは一塁の守備練習をしても送球はせず、打撃練習のとき、球拾いをすることも免除されているとのこと。もちろん、キャッチボールはするが、先発とブルペン、そして守備でどうしても投げなければいけないとき以外は一切、肩を使わせないよう、レイズは徹底しているそうだ。

起用法、柔軟に見極める?

一方でエンゼルスは今のところ、起用法などについて明確な方針を示しておらず、23日から始まるオープン戦に関しても「ある程度、こういう感じでいこうというのはいわれています」と大谷は明かしただけで、流動的な部分が多い。

「トレーナーの方、ピッチングコーチ、打撃コーチといろいろ話をしながら、その都度、その都度決めていくっていう感じじゃないかと思います」

この時点で固定させるのではなく、まずは柔軟に見極めていく、ということか。

いずれにしても、かつてルースが通った道は続く人がなく、すっかり草で覆われてしまった。それでもうっすらと残るわだちをたどりながら、まずは手探りで道なき道を大谷が歩み始めた。くしくもルースのちょうど100年後、同じ23歳で。

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