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五輪2連覇の羽生「今回は何より自分に勝てた」
フィギュア男子

2018/2/17 18:17
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【平昌=金子英介】平昌五輪第9日の17日、フィギュアスケート男子で羽生結弦が66年ぶりの五輪2連覇を達成した。フリーの演技を終えた瞬間、「勝てたと思った」などと喜びを語った。報道陣との主な一問一答は以下の通り。

こぼれ出る涙をぬぐった

こぼれ出る涙をぬぐった

――涙の意味は。

「本当にここまでくるのが大変だった。4年間を考えると、(ソチ五輪で金メダルを取った)あれから応援してくださった方も、ジュニアのころから応援してくださった方も、ノービス(小学生)のころから応援してくださった方もたくさんいた。何よりも家族やチームやこれまで育ててくれたコーチ、担任の先生、いろいろなところで支えてくださった方々を含めて、いろいろな思いが込み上げてきた」

――スタミナはどのくらいあったのか。フリーのジャンプの構成はいつ決めたのか。

「とにかく、きょう起きた時点で考えようと思っていた。幸いにも僕はいろいろなオプションを持っている。スケートができない期間があったからこそ、作戦というものを学び、勝つためにここにこられた面はある」

――前半は丁寧にいったのか。

「前半は丁寧にいったというか、6分間練習で(4回転)サルコーが不安だったので、とにかくサルコーさえ(転倒せずに)降りられれば、前半の感覚で後半も跳べると思っていた。何よりもサルコーも、トーループも、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)も、3回転ジャンプも、すべて何年間もやってきているので(体が)覚えていてくれた」

――ジャンプの着氷でこらえていた。

「右足でルッツを跳ぶのが一番大変なので、右足が頑張ってくれたなという思いが強い」

――演技を終えた瞬間は。

金メダルを獲得し笑顔でガッツポーズする羽生選手(17日午後、江陵)=山本博文撮影

金メダルを獲得し笑顔でガッツポーズする羽生選手(17日午後、江陵)=山本博文撮影

「勝ったと思った。ソチ五輪のときは勝てるかなという不安しかなかったが、今回は何より自分に勝てたと思った」

――フリーの構成を決めたのはいつ、誰と相談したのか。

「朝、練習の前に自分で決めた。理由はいっぱいある」

――4回転ループは跳びたかったか。

「跳びたいとか跳びたくないとか、そういうことの前に何より勝ちたいと思った。この試合は特に、勝たないと意味がないと自分の中では思っていたので。これからの人生でずっとついてくる結果なので、本当に大事に大事に結果を取りにいった」

――ショートプログラムの後は精神的に追い込まれていたか。

「そんなことはない。本当にショートはよかったし、(ジャンプの構成が)サルコーとトーループで、世界記録とはいかなかったけれど、やっぱりこのように評価していただけるというのは、自分のスケートに自信が持てた。そういう意味でこういう決断になったかなと思う」

――五輪連覇の重圧にさいなまれることはなかったか。

「特に(ない)。とにかく連覇とかそういうのではなくて、今回の試合で勝ちたいと思っていた」

――東日本大震災からまもなく7年だが、故郷で応援している方に対しては。

「どうですかね……。もうちょっと考えてから話します」

――今の演技は自分のキャリアの中でどのくらいの位置づけか。

「単純に比較はできない。ただ今思うのは、ずっと小さいころから描いていた夢、または人生設計みたいなものの中で、ある意味やっと中間点くらいに来ている。スケートを始めて、(2006年トリノ五輪金メダリストの)エフゲニー・プルシェンコさん(ロシア)を見ていたころの自分に『(金メダルを)取れたよ』『練習はいろいろあるけれど頑張れよ』と言いたい」

――プルシェンコを超えたが。

「超えてないです。超えてないです」

――ソチ五輪の金メダルとは違うか。

「あのときは無我夢中で頑張っていた。あのときはあのときでいい演技ができたと思っている。あの演技に関して何も恥じるものはないし、悔いもない。ただミスがあったことは確かなので、何とかあのミスを払拭する演技ができたことは、今回うれしかったところかなと思う」

――4回転ジャンプの種類を増やしていったことが、きょうの演技に生きたか。

「それがあったからこそ、選択肢があったとはいえるかな。ルッツ、ループをずっと挑戦し続けていなかったら、この構成があったとはいえない。やっぱり一つとして無駄なことはないなと改めて実感させられた」

――平昌ではフリーの通し練習をやっていなかったが、拠点先のトロントではどうだったか。

「何とか通し練習はやっていた。足の状況もすごく気になっていたし、足の状況についてはまだ何も話すつもりはないけれど、本当に思っていたよりも大変だった。(けがをして)最初の診断の靱帯損傷だけではなく、本当にいろいろなところを痛めてしまっていた。氷に上れない日々がとても長かったので、ある意味体力よりも、スケートへの不安、スケートに乗ることの不安の方が大きかったかもしれない」

――この4年間はフィギュアスケートというスポーツのレベルを引き上げてきたと思うが。

「別に僕が引き上げたとは思っていない。最初にやっぱり4回転ルッツの扉を開いたのはボーヤン(金博洋)だし、それから何とか僕も限界を超えようと思って、彼を追いかけていただけ。そうしたらみんなも強くなっていって、ネーサン(・チェン)という選手が出てきて、宇野(昌磨)選手という素晴らしい日本の選手が出てきた。本当に僕は時代に恵まれたスケーターだなと思っている」

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