2018年9月25日(火)

カーリング、2つの聖地で盛り上げ 北海道北見市・長野県軽井沢町

2018/2/17 10:49
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 カーリングの聖地と呼ばれる場所が国内に2カ所ある。平昌五輪の男女カーリング代表のホームタウン、北海道北見市と長野県軽井沢町だ。2つの街はともに国内屈指のカーリング施設を有し、老若男女問わずカーリングを楽しむ文化が育った。背景には「カーリングを通して街を盛り上げたい」という地元関係者の熱い思いがあった。

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 オホーツク海に面し、流氷や漁業が有名な北海道北見市の常呂町。カーリングが正式競技になった1998年の長野五輪以降、同市は数多くの代表選手を輩出してきた「名門」だ。女子カーリングは5人全員が北見市出身の「LS北見」が出場する。

 「常呂にカーリングが広まったのは小栗のおじさんのおかげだ」。長野五輪に出場した北見市教育委員会の近江谷好幸さん(59)は言う。近江谷さんによると、1980年、カナダとの交流の一環でカーリングの講習会が北海道池田町で開催された際、常呂町で酒屋を営んでいた故・小栗祐治さんが参加したことがきっかけとなった。

 当時、ボウリング場が閉鎖されるなど町民の憩いの場が減っていくなか、小栗さんが常呂カーリング協会を立ち上げると、漁師や農家を中心に一気に広がった。町もカーリング普及を支援し、88年に日本初の屋内カーリング施設をオープン。近江谷さんは「大人は居酒屋に通う代わりにカーリングを通してふれあっていた」と振り返る。

 学校の体育の授業でもカーリングが取り入れられるようになったといい、子供たちの間でも人気スポーツに成長。競技力も向上し、長野五輪以降、常にオリンピアンが誕生してきた。

 常呂町は2006年、北見市と合併。10年にLS北見が創設されて以降は、市や民間企業などで設立された「北見市カーリング支援推進委員会」が選手をサポート。13年には国内最大級の施設「アドヴィックス常呂カーリングホール」が運営開始するなど、支援の輪は広がり続けた。

 市内は今、駅前ビルや市役所などにLS北見の応援看板が設置されたり、個々の店舗が垂れ幕を掲げたりして、カーリング一色に。辻直孝・北見市長は「市民全員がLS北見を応援している。最後まで笑顔を絶やさず、ベストを尽くしてほしい」とエールを送る。

 北見カーリング協会の鹿野内吉実事務局長(65)は「北見はカーリング発祥の地というプライドがある。五輪後もカーリングを通して市民を元気づけられるような工夫をしていきたい」と話す。

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 1998年の長野五輪以来の男子代表となった「SC軽井沢クラブ」が本拠地とする長野県軽井沢町。避暑地、別荘地として知られる同町だが、長野五輪で正式競技化されたカーリング会場となった場所でもある。

 同町のカーリングの原点は87年。スピードスケート経験者10人程度が結成したチームが中心となり、ビデオ映像を参考に始めたのがきっかけだ。SC軽井沢クラブの母体のNPO法人「スポーツコミュニティー軽井沢クラブ」の長岡秀秋理事長(67)もメンバーの一員だった。

 93年に長野五輪でのカーリング実施が決まると、同町が会場に。長岡理事長らは専用カーリング場を整備したり、町民向けにカーリング体験会を開いたりして機運を醸成。五輪が始まれば同町の会場は連日、大勢の観客が詰めかけ大成功で終わった。

 だが、出場選手は全員が北海道出身。長岡理事長は「試合を観戦して世界との距離は遠くないと感じた。軽井沢発のチームを五輪に出場させたい」と決意。2004年にNPOを設立し、05年からチームが始動した。

 通年で練習や試合をできるようにするため、同町は13年、国の交付金も活用し、約20億円を投じて「軽井沢アイスパーク」を造った。町民向けに気軽に競技を体験できるコースや、トップ選手が直接指導してくれるコースなども充実。カーリング熱は子供から高齢者まで一層高まった。

 軽井沢国際選手権など多くの大会を開催。平昌五輪前にはカナダや英国、ノルウェーが合宿を開催するなど、カーリングを通じて多くの人が町を訪れるようになった。長岡理事長は「長野のレガシー(遺産)が地域づくりに大きくつながった。次世代の選手の育成も進め、さらなる花を咲かせたい」と話す。

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