2019年6月26日(水)

ソニーの遺伝子「アンビー」、森ビルが育てる

2018/2/24 6:30
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2017年4月。オーディオ製品の製造販売のスタートアップ企業、ambie(アンビー、東京・港、松本真尚代表)のディレクターの三原良太(32)はホッと胸をなで下ろした。「なんとか販売再開。これでようやくお客さんに顔向けができる。長く待たせてしまった」――。

17年2月、ambieが売り出したイヤホン「サウンドイヤカフ」は、たった4日で売り切れてしまった。「決して演出した売り切れではない。予想以上の売り上げの勢いに生産がついていかなかっただけ」

サウンドイヤカフの価格は5940円(税込み)。無名のスタートアップ企業が売り出すイヤホンにしてはやや強気の価格設定だが、注文が殺到、思い切って多めに用意したつもりの在庫はあっと言う間になくなってしまった。

人気の秘密はこれまでにはなかった商品コンセプトだ。没入して音楽をしっかり聴く人ではなく「何かをしながら音楽を楽しむ人」を想定した。イヤホンで音楽を聴いていても街の雑踏や話し声、駅のアナウンスが自然に耳に入り、イヤホンで聴く音楽と周りの音が溶け込む。

最先端の技術に裏打ちされた製品というわけではない。「こんなの欲しかった」。消費者のニーズを先取りしたヒット製品。「コロンブスの卵」的な発想の勝利だ。

もちろん、いいかげんに作ったわけではない。耳へのフィット感、デザイン、色合い……。徹底的にこだわった。作った試作品の数は約100。最後に残ったのが今の耳の裏で鳴るイヤホンだ。

耳の裏で鳴った音をパイプで拾い、そのパイプを表側にぐるっと回り込ませて音を耳に届ける。耳の穴の中で直接、音を鳴らす通常のイヤホンとは違い、時間をかけて音を耳に届ける分、音は柔らかくなる。生活の音が紛れ込む「隙間」もできる。

オーディオ製品だけれど、オーディオ製品だけじゃない。そんなこだわりを消費者に理解してもらうため、「ビームス」「ロンハーマン」といったセレクトショップを販路の主軸に据えた。「生活に彩りを添える製品だから、この方が自然」と三原。家電量販店を中心に販売していれば価格競争に巻き込まれ、日常生活と音楽の融合という新機軸をうまく打ち出せなかったかもしれない。

サプライ(供給)サイドの理屈ではなくまずニーズを探り、そこからヒット製品をなす。絵に描いたようなスタートアップ企業のambieのサクセスストーリー。その舞台となったのは大手デベロッパー、森ビルの愛宕グリーンヒルズ(東京・港)だ。

この愛宕グリーンヒルズの40階には森ビルが呼び込んだベンチャーキャピタル(VC)「WiL」伊佐山元・最高経営責任者(CEO)が入居する。ambieの起点となったイヤホンの技術を拾い上げ、資金をつけ、企業として立ち上げたのもこのWiLだった。

WiLの企業育成の手法はかなり異質だ。それはambieの三原の立場を見ればわかる。三原はambieの社員でありながら、実は本籍はソニー。今、現在もれっきとしたソニーのエンジニアだ。

この「二足のわらじ」を履けるユニークさがWiLの真骨頂。誇り高きソニーのエンジニアの立場を維持しつつ、自分が開発し育ててきたシーズ(種)を起点にスタートアップに挑戦できる。

とりわけ今回のambieの「ながら聴き」イヤホンのようにソニーブランドと親和性を持たせにくいような商品コンセプトの場合、シーズを本体から切り離すWiLのビジネスモデルは有効だ。仮に音の品質に徹底的にこだわるソニーブランドの商品として市場(マーケット)に出すなら、社内調整にそれなりに時間がかかったはずだ。

森ビルの社長、辻慎吾の口癖は虎ノ門ヒルズを「真のグローバルビジネスセンターに」――。日本をリードしてきた大企業に加え、新しい発想で世界競争に参画していくスタートアップ企業もラインアップに加えていくという意味だ。

WiLはその辻の夢を実現させる1つの仕掛け。第2、第3のambieを生み出し虎ノ門ヒルズに送り出す。ただ、時間はない。19年度には虎ノ門ヒルズ森タワーの隣にビジネスセンターが完成、22年度にはステーションタワーが建ち上がる。WiLに与えられた時間はわずかだ。今、この瞬間もフル回転である。=敬称略

(企業報道部 前野雅弥)

[日経産業新聞 2月19日付]

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