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日本電産、ポスト永守の試練 カリスマ後の重圧

日本電産が「ポスト永守」に向けて動き出した。1973年に日本電産を創業した永守重信会長兼社長は強力なリーダーシップで連結売上高2兆円に迫る急成長を実現した。「最大のリスク」といわれた後継問題について一歩踏み出した形だが、度重なる買収でグループ会社は43カ国に及ぶ。カリスマの後継を託された吉本浩之氏の手腕が問われる。

「世界中を走り回る体力は限界にきている。二人三脚できちんと経営していきたい」。15日に京都市内で開いた記者会見で、永守氏は社長交代の理由をこう語った。

永守氏は最高経営責任者(CEO)にとどまり「まずは(仕事の)3割を任せ、数年かけていずれ逆転していく」という。海外の子会社訪問や買収した企業の統合作業なども分担する。

吉本氏に白羽の矢が立ったのは、子会社の日本電産トーソクの社長として経営を立て直した手腕が評価されたからだ。永守氏はかねて後継について「(46歳の)長男くらいの年代の人」と公言しており、吉本氏の若さも決め手になった。

日本電産は経営の軸足をハードディスク駆動装置(HDD)用モーターから自動車部品などに移している。一貫して自動車関連の仕事に関わってきた吉本氏の経歴も、新しい日本電産のトップとしてうってつけだ。

今後、日本電産はゆるやかな集団指導体制に移行し、吉本氏は実質ナンバー2として要の役割を担うことになる。日本電産の役員には創業メンバーである営業担当の小部博志副会長、シャープ元社長で技術担当の片山幹雄副会長などが名を連ねる。これまでは永守氏のリーダーシップが多士済々の面々をまとめ上げてきたといっても過言ではなく、求心力を保つのは容易ではない。

カリスマ創業者の世代交代は、これまでも難しさをはらんできた。例えばユニクロを展開するファーストリテイリング。柳井正氏は02年に玉塚元一氏を後継社長に選んだが、実績に不満を持つと05年に社長に復帰した。ソフトバンクグループの孫正義社長も、後任含みだったニケシュ・アローラ氏と決別する形で後継者選びが白紙に戻った経緯がある。

永守氏は「私にも任命責任がある。すぐに、交代ではいけない。鎖につけてもとことんやってもらう」と話す。吉本氏は今後の日本電産について「大企業病も出てきている。迅速さが課題」とする。日本電産は2020年度に連結売上高で2兆円、30年度に10兆円を目指している。まずは中期目標の達成が最初のハードルとなる。

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