海外の演出家が「ダメ出し」をしない理由(井上芳雄)
第16回
井上芳雄です。今年は海外の演出家による新作が続きます。2月5日まで上演していた『黒蜥蜴』(くろとかげ)の演出は英国のデヴィッド・ルヴォーでした。堂本光一君との共演で7月に開幕するミュージカル『ナイツ・テイル -騎士物語-』は、英国のジョン・ケアードが演出にあたります。同じ演出家と言っても、海外と日本では俳優への接し方がずいぶん異なり、演劇文化の違いを感じます。

日本で演出家というと、俳優に対してここがダメだ、あそこがダメだ、だからこうしなさい、と厳しく指導する先生のようなイメージがあるかと思います。演劇用語でいうところの「ダメ出し」を、日本では俳優もスタッフも当たり前のこととして受け入れています。
海外の演出家はそういう言い方はしません。ダメ出しにあたる言葉があるとすれば、ノート(note)といいます。提案という意味がしっくりくるように思います。指導するのではなく、俳優自身に考えさせるのです。
『黒蜥蜴』の演出家ルヴォーも、ダメ出しをほとんどしません。最初に仕事をさせていただいたのが2012年に上演した『ルドルフ ザ・ラスト・キス』。そのときよりも『黒蜥蜴』では、もっとダメ出しがありませんでした。
今回は通し稽古を10回くらいしました。これは通常よりもかなり多い回数です。ミュージカルだと2~3回ということもありますから。通し稽古の後は、ルヴォーが何か一言話すという感じで、こう動きなさいとか、こう演じなさいとかは言わない。その代わりに何回も通し稽古を繰り返して、俳優が自分で役の動き方やテンションを見つけていくというやり方でした。
演劇って、本来はそういうものだと思います。しかし演出家からすると、早く思い通りに動いてほしいから、違うんだ、こう動きなさい、と言うのでしょう。でもルヴォーは、俳優が自分で見つけるまで待ってくれる。俳優の側も、ダメ出しがないし、怒られるわけでもないから、どんどん自由になっていくという感覚です。
だから、自分の考えでやっていると思わせておいて、実は全部ルヴォーの世界の中で動かされているのかもしれません。そこが彼の素晴らしいところで、俳優に魔法をかけるんです。それには作品に対する理解力や洞察力がいるし、俳優を信じる気持ちも忍耐力も必要でしょうから、すごい人だなと思います。
僕は、お芝居のことをよく知らないままデビューしたので、ダメ出しされたら、それが当然のことだと思っていました。ところが『ルドルフ ザ・ラスト・キス』のとき、それとは違うやり方があることを知って驚き、しかもできた舞台が素晴らしいことに感動しました。それ以来、ルヴォーとまた仕事をしたいと言い続けていたので、『黒蜥蜴』で呼んでもらえて光栄でした。
■海外の演出家は、とにかく褒める
7月に開幕する『ナイツ・テイル -騎士物語-』の演出家ジョン・ケアードは『レ・ミゼラブル』などで知られる人で、僕は『ダディ・ロング・レッグズ~足ながおじさんより~』でご一緒しました。彼はダメ出しじゃなくて、「『いい出し』をします」という言い方をします。
ルヴォーもそうですが、海外の演出家は、とにかく褒めます。何かすると、まず「ベリーグッド」と褒める。そのうえで「ここをこうすると…」という感じで意見を言う。それが結果的にはダメ出しなのかもしれませんが、頭ごなしに否定することはありません。
言い方の問題なのですが、それはとても大事なことだと思います。僕に限らず、俳優って、初めての役をやるときは、怖くて不安なものです。そこで、いきなり否定されるとつらいし、落ち込みます。ルヴォーはそこを分かってくれていて、「役者はプレッシャーの多い職業だから、守られるべきだ」と言います。だから、否定したりはしないんだと。
日本と海外、それぞれの国に歴史や文化があるので、どっちのやり方がよいということではないと思います。俳優にとっては、自分にあってるかどうか。僕の場合は、海外の演出家の褒めて伸ばすやり方のほうがしっくりきます。
そして、自分も人間として、そうありたいと思います。相手に対して、上から何か言ったりしたりするのではなく、相手を認め、受け入れながら物事を進められる。簡単なことではないけれど、でもそんな人になりたいですね。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第17回は3月3日(土)の予定です。
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