2018年8月15日(水)

文楽に縁 支援で恩返し 岩谷産業会長兼CEO 牧野明次さん(もっと関西)
私のかんさい

コラム(地域)
2018/2/13 17:00
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 ■岩谷産業の牧野明次会長兼最高経営責任者(CEO、76)は東大阪市に生まれた。父親は医者、兄も医者を目指しており、医者一家。松竹の顧問医でもあった父親の関係で関西を代表する伝統芸能である文楽の関係者とも縁が深かった。

 まきの・あきじ 1941年大阪府生まれ。大阪経済大経卒。65年岩谷産業入社。88年取締役。2000年社長。12年から会長兼CEO。04年に藍綬褒章、17年旭日重光章受章。関西経済連合会副会長としてスポーツ振興などに注力する。

 まきの・あきじ 1941年大阪府生まれ。大阪経済大経卒。65年岩谷産業入社。88年取締役。2000年社長。12年から会長兼CEO。04年に藍綬褒章、17年旭日重光章受章。関西経済連合会副会長としてスポーツ振興などに注力する。

 東大阪というと町工場が多いイメージがあるかもしれないが、私が生まれた布施という地域は古くからの住宅が集まる地域だった。

 父の仕事の関係で、物心ついたころから舞台に携わる方々などがよく家に出入りしていた。なかでも人形遣いの吉田文五郎さんは印象に残っている。吉田さんは女の人形を扱う人形遣いで、立ち振る舞いも女性であることを意識していた。伝統芸能が持つ厳しく独特の世界に触れた。

 ■医者を目指すつもりだったが、医学部進学を断念し、大阪経済大学に進学。卒業後、岩谷産業へ入社した。

 商社に入りたくて銀行勤めのおじに相談したところ、取引先の岩谷産業を紹介された。現在より小さい会社だったが「これから伸びる」と言われた。

 配属されたのは大阪東営業所(大阪市城東区)。トラックからガスボンベを積み下ろしするような現場の仕事ばかりだった。同期の多くがスーツ姿で仕事をしているのに私は作業着。仕事がつらく、やめようと思った時期もあった。

 ■その後、労働組合の活動に関わり、労使協調のために奔走した。

 1980年前後の岩谷産業は労使対立が激しく、業績も思わしくなかった。組合は大規模ストライキを強行しようとしたが、私は「会社あっての社員」と協調を訴え、新しい執行部を立ち上げる準備をした。その後、組合の委員長を2年やった。

 組合活動で得たのは対立と協調のバランスだ。けんか腰で会社と対立してもうまくいかないが、考えは明確に伝えるべきだ。若い世代の方も遠慮をせず、もっと会社に意見を言ってほしいと思う。

大阪の営業所で工業ガスの受発注業務に携わった(右が牧野氏)

大阪の営業所で工業ガスの受発注業務に携わった(右が牧野氏)

 ■岩谷産業は二酸化炭素(CO2)を出さない水素エネルギーの活用で先頭に立つ。きっかけは米国への出向だった。

 89年から1年間、米国の工業ガスの提携先に出向した。当時から水素の活用には関心を持っていたが、提携先の副社長が「日本は電気代が高すぎて水素を低コストでつくれない」と言う。彼から、液化天然ガス(LNG)の冷熱でつくった液化窒素から液化水素をつくれば安くなると教えられた。

 帰国後、国内で液化水素プラントの建設を提案した。当初は社内の反発が強かったが、私は構想を実現したかった。

 2006年に関西電力と共同出資し堺市にLNGから取り出した天然ガスを改質して水素ガスを液化する日本初のプラントができた。

 ■関西経済連合会副会長として、財界活動ではスポーツ振興に注力。伝統文化への支援も続ける。

 19年にラグビーワールドカップ、21年にワールドマスターズゲームズと関西では世界大会を控える。景気や観光の活性化が期待できるが、大阪だけが声を上げても始まらない。競技を多面的に開催できる環境が不可欠だ。神戸や京都などを含めたそれぞれの地域で企業が設備を整備するなど、関西一円で盛り上げていけるかが重要だ。

 岩谷産業も昨年、女子陸上競技部を立ち上げた。まずは関西から日本のトップ選手の育成を目指す。万博の誘致も同様だが、国頼みだけでは進まない。関西の経済界が一丸で取り組めるか、潜在力が試される。

 伝統文化の継承も関西の魅力を高める大切な要素だ。岩谷産業は文楽の支援寄付金を始め、文化振興を柱の一つにしている。関西発祥の芸能だが、若い方にあまりなじみがない。後世にその良さを継承したいという思いから、文楽を身近に感じてもらう取り組みで、地元への恩返しをしたいと思う。

(聞き手は大阪経済部 川上梓)

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