2018年8月16日(木)

デジタル時代、報道の役割は
日経×東大×コロンビア大 学生応援プロジェクト

2018/2/13 6:00
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 日本経済新聞社と米コロンビア大学ジャーナリズム大学院、東京大学大学院情報学環は1月29日、学生応援プロジェクトとして、デジタル時代の報道をテーマにしたシンポジウム「これからのジャーナリズムを考えよう」を東大・安田講堂で共同開催した。交流サイト(SNS)が台頭する中での既存メディアの役割、人工知能(AI)の影響などについて日米英の研究者やジャーナリストが議論。大学生ら約580人が参加した。(文中敬称略)

討論する(左から)林氏、コル氏、バーバー氏、長谷部氏

討論する(左から)林氏、コル氏、バーバー氏、長谷部氏

 パネル討論は2部構成。第1部は「デジタル時代におけるジャーナリズムの役割」をテーマに、コロンビア大ジャーナリズム大学院のスティーブ・コル院長、フィナンシャル・タイムズ(FT)のライオネル・バーバー編集長、日本経済新聞社の長谷部剛・専務取締役編集局長が話し合った。司会は東大情報学環の林香里教授。

■「正しく伝える」根幹変わらず

  デジタル化などジャーナリズムは様々な課題に直面している。

 長谷部 日本ではまだ7割の家庭が紙の新聞を読んでいるが、デジタルの世界に打って出る必要がある。日経電子版は2010年3月に創刊し、若者や女性の読者層を開拓してきた。

 林香里(はやし・かおり)氏 ロイター通信東京支局記者、東大社会情報研究所助手などを経て同大学院情報学環教授。専門はジャーナリズム・マスメディア研究。著書に「〈オンナ・コドモ〉のジャーナリズム ケアの倫理とともに」「メディア不信 何が問われているのか」など。

 林香里(はやし・かおり)氏 ロイター通信東京支局記者、東大社会情報研究所助手などを経て同大学院情報学環教授。専門はジャーナリズム・マスメディア研究。著書に「〈オンナ・コドモ〉のジャーナリズム ケアの倫理とともに」「メディア不信 何が問われているのか」など。

 紙の読者が減っているだけでなく、真偽不明の情報が流れるネット空間でメディアとしての役割を果たす責任がある。それは事実に基づく正確で洞察に富んだ情報を、分かりやすく読者目線できちんと流すことだ。

 コル デジタル化で情報の構造が世界中で大きく変わってきた。ビッグデータが台頭し、AIも駆使される。そのような状況で、ジャーナリズムもコンピューターを生かそうという動きが出てきている。

  デジタルジャーナリズムが進むと映像を作るなど仕事も増える。ジャーナリズムの世界も変わるのだろうか。

 バーバー もっとマルチメディアに対応できるようにとジャーナリストたちに伝えている。データやビジュアルな画像を念頭に置くようにと。仕事を上乗せするわけではない。大切なのは、どんな題材で何を作り、時代に合ったものとして価値ある情報を出すかだ。

 長谷部 マルチな記者になり、映像も撮るよう現場には説明している。仕事が増えると思われるかもしれないが、「何でも追いかける必要があるのか」とも伝えており、過重労働にはならないようにしている。

  メディアへの信頼が低下している状況をどう捉えているか。社会から離れてしまったと感じないか。

 スティーブ・コル氏 米紙ワシントン・ポストの記者、海外特派員、編集委員などを歴任し2013年からコロンビア大ジャーナリズム大学院長。ピュリツァー賞を2度受賞した。著書に「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」など。

 スティーブ・コル氏 米紙ワシントン・ポストの記者、海外特派員、編集委員などを歴任し2013年からコロンビア大ジャーナリズム大学院長。ピュリツァー賞を2度受賞した。著書に「アフガン諜報戦争 CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで」など。

 バーバー 私たちは人気投票で勝とうとしているわけではない。ただ、読者の気持ちをきちんと読んでいかなくてはならない。色々な変化が起きている世界で、ある程度は厚かましくないといけないが、一方で敏感な耳も持つ必要がある。

 長谷部 欧米も同様かもしれないが、上から目線だと受け止められている気がする。人々の気持ちに寄り添い、目線を下げていく必要がある。

  フェイク(偽)ニュースへの対策は。

 バーバー FTでは2つの独立した情報源がなければ記事にしない。これは重要な基準だ。人々に対してより正しい情報を提供できなければ、民主主義が機能しなくなってしまうからだ。

  SNSで情報を得られるようになり、ニュースが切り売りされるように感じる。ソーシャルメディアとジャーナリズムの相性はどうか。

 長谷部 日経はSNSでも情報を発信している。前回の衆院選では誰が「インフルエンサー」だったかを調べた。安倍晋三首相よりもリツイートが多い一般の人がたくさんいて、彼らが投票に行こうと呼びかけていた。ソーシャルメディアは上手に活用することで、一緒にやっていける可能性がある。

 バーバー 情報源を検証し、正確な情報を提供するというジャーナリズムの根幹は変わらない。FTでは記者が「個人の意見」としてSNSで情報を発信するが、個人だからといって無責任なツイートは許されない。ルールを徹底する必要がある。

 ライオネル・バーバー氏 2005年、フィナンシャル・タイムズ(FT)編集長に就任。FTが他社に先駆けて紙媒体から複合メディアへと移行する際に、主導的役割を果たした。共同執筆の著作が複数あり、トランプ米大統領、メルケル独首相ら世界の指導者へのインタビューも多い。

 ライオネル・バーバー氏 2005年、フィナンシャル・タイムズ(FT)編集長に就任。FTが他社に先駆けて紙媒体から複合メディアへと移行する際に、主導的役割を果たした。共同執筆の著作が複数あり、トランプ米大統領、メルケル独首相ら世界の指導者へのインタビューも多い。

  どんなジャーナリズムがデジタル時代に繁栄すべきだろうか。

 長谷部 まずはプロとして取材し、事実を正確に掘り下げて報道していくことが重要。記者として問題意識も常に持たないといけない。これはデジタルの時代も紙の時代も変わらない。

 バーバー FTは今でも基本的なジャーナリズムの姿勢に従っている。購読者のニーズに沿って、グローバル経済がどう動いて機能しているのかをしっかり伝える。

 コル 私たちはジャーナリズムの大学院としては米国でも世界でも最も古く、責任のあるジャーナリズムを担ってきた。事実や証拠を中心としたジャーナリズムはこれからも重要であることに変わりはない。

 ただ、一方で教育をビッグデータやAIの時代に合わせたものにしないといけない。コンピューターはジャーナリズムの一部になるからだ。

■AI活用、倫理こそ要

 第2部では「AI/デジタル技術とジャーナリズムの未来」を主題にコル、林両氏と苗村健・情報学環教授、渡辺洋之・日本経済新聞社常務執行役員が佐倉統・同学環長の司会で話し合った。

討論する(左から)佐倉氏、コル氏、林氏、苗村氏、渡辺氏

討論する(左から)佐倉氏、コル氏、林氏、苗村氏、渡辺氏

 佐倉 デジタル技術は社会をどう変え、ジャーナリズムはいかに役割を果たしていくのか。日経の取り組みは。

 渡辺 企業決算の要点を自動で作成・配信する「決算サマリー」、金融に関する質問に自動応答する「日経ディープオーシャン」などAIを活用したサービスを既に提供している。今後は取材テーマの発見や仮説の提示に応用したい。AIにはデータの異常値や人が見つけにくい関連性を発見する力がある。

 コル 米国でも調査報道への活用が研究されている。例えばAIが政治家を過去の発言や関係を持つ団体などの情報を基にパターン分けし記者がその政治家を論じる。こうした作業が5~10年後の記者の仕事の一部になるだろう。

 渡辺 脅威もある。企業の意思決定がAIで自動化されると、経済情報を必要とするのもAIになる。AIとAIが直接対話し、新聞記事が読まれなくなるかもしれない。

 佐倉統(さくら・おさむ)氏 1990年京大大学院修了。理学博士。2007年より東大大学院情報学環教授、15年学環長。科学技術と社会の関係を専門に研究し、人類進化の観点から科学技術を定位する作業を模索中。「現代思想としての環境問題」「進化論の挑戦」など著書多数。

 佐倉統(さくら・おさむ)氏 1990年京大大学院修了。理学博士。2007年より東大大学院情報学環教授、15年学環長。科学技術と社会の関係を専門に研究し、人類進化の観点から科学技術を定位する作業を模索中。「現代思想としての環境問題」「進化論の挑戦」など著書多数。

 苗村 人々が大量の情報を受け止めるだけで精いっぱいになり、能動的に考えることの放棄が起きている。対面で議論する機会も減っている。これからのデジタル技術には人間に自ら考え、対話するよう促すようなものが必要だ。

 コル AIの将来を考える際に一番大切なのは倫理では。例えば顔認識技術。抗議運動の写真から参加者や警官の情報をメディアが把握してしまったら大問題になる。AIをどこで使い、どこで使わないのかを区別しなければ。AIの使い方自体を問う報道も増えていくのではないか。

 佐倉 「顔認識を使えば特ダネが手に入る」と考える記者も出てくるかもしれない。

 渡辺 AIは未整理の情報をまとめてくれるが、問題意識に基づいて活用すべきだという意識を持って記者が自ら取材しなくてはならない。

  日経の編集部門の中で、AIやビッグデータなどの技術と既存の取材活動が融合する動きは。

 渡辺 技術部門の研究やサンプルを使い、編集部門と協業するためのエンジニアと記者の合同チームを今春つくる。研究をどのように生かせるか、編集側がどんなデータが欲しいのかといった情報をつなぐ場をつくりたい。

 コル 人間的な経験値や読者が何を求めているかを理解する力、そしてエンジニアリングの特殊な知識がジャーナリズムに必要だ。大学でもデジタルジャーナリズムの存在が大きくなっている。

 苗村健(なえむら・たけし)氏 1997年東大大学院修了。工学博士。2013年より東大大学院情報学環教授。仮想現実、ヒューマンインターフェースなどが研究対象で、13年に開催した日本科学未来館の展示「現実拡張工房」には12万9千人が来場した。

 苗村健(なえむら・たけし)氏 1997年東大大学院修了。工学博士。2013年より東大大学院情報学環教授。仮想現実、ヒューマンインターフェースなどが研究対象で、13年に開催した日本科学未来館の展示「現実拡張工房」には12万9千人が来場した。

  米国では大学でのジャーナリズム教育が重視される。日本でも採用の際に「AIやビッグデータを学んだ人が欲しい」というメッセージを明確に打ち出してほしい。

 苗村 技術を使いこなせる人材は必要だが、AIがないと何もできないような過保護はいけない。最新技術に触れながら人間の力も育てる必要があり、バランスが大切だ。

 佐倉 全体を見渡す力が要る。AIとジャーナリズムの関係、旧来の取材手法とデジタル技術の関係など大きな文脈を読み取った上で、記者や大学は具体的に何をすべきか考えなければいけない。

 コル グーグルやフェイスブックの方がメディアより多くの情報を持っている問題を指摘したい。AI時代にはデータを多く持つ者が有利になる。ひっくり返すには無料で提供している情報に課金するなど、データを使う側との関係を変えないといけない。

 苗村 実は、若者のツイッターやフェイスブック離れが目立ち始めている。やはり強いのはコンテンツを生み出す方。情報を卸売りするだけのプラットフォーム側は変化を迫られるのではないか。

  日本のネット空間は真剣な政治の場ではないと見下されてきた。技術をうまく利用し、ネット空間を民主主義や政治の議論がより活発になるように変え、ジャーナリズムに興味のある若者が集う構造にしていきたい。

アジア人記者・学生を支援
 今回のシンポジウムは「コロンビア・日経スカラシップ制度」の創設を記念して開催した。アジア人記者・学生を対象にした奨学金制度で、日本経済新聞社とコロンビア大ジャーナリズム大学院が2017年10月に共同創設で合意した。
 奨学生は毎年1人を選び、10万ドル(約1090万円)を支援する。同大学院でデータジャーナリズムや経済報道について学んだ後、それぞれの母国・地域で健全なジャーナリズムを根付かせる役割を担う。
 シンポジウムは東大、慶応大、上智大、早稲田大が輪番で会場となり、毎年開催する計画だ。

イベントの様子は日経チャンネルからご覧いただけます。

https://channel.nikkei.co.jp/e/181229tfj/

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