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万博、次代の理念探る 成熟社会の中で姿変化

万博2025

19世紀に誕生した国際博覧会(万博)は21世紀に入って転換点を迎えている。2010年に開催された上海万博を除き、入場者数が伸び悩んでいる。これまで世界情勢や科学技術の進歩に合わせて、役割や展示内容を変えてきた。インターネットの普及やテーマパークなど、ほかの娯楽施設が増えた現代社会に適合した姿に進化できるかが問われている。

1851年、ロンドンで第1回万博が開催された。当時は産業革命が市民の生活を変え始めたころ。蒸気機関の誕生で世界中のモノ、カネ、情報が行き来する時代となった。近代工業国家を目指す政府にとって世界から最新技術を集める万博は産業振興として効率が良かった。最先端の建築技術を使った89年のパリ万博ではエッフェル塔が登場。未来社会の姿を市民に見せて意欲的な労働者を増やす狙いもあった。

産業育成と娯楽を両立した万博は商業的に大成功を収め、1900年まで開催数は右肩上がりで増えた。だが質の低下と参加国の負担増を招いたため、28年に博覧会国際事務局(BIE)が設立され、開催数を管理するとともに万博にテーマを求めるようになった。

20世紀に入ると万博の舞台は米国に移る。内容も商品を並べる展示から、体験や理念を伝える場に変わった。企業がブランドを重視するようになったからだ。39年のニューヨーク万博では米ゼネラル・モーターズ(GM)が近未来の自動車などの交通体系を模型で表現。ウエスチングハウスはタイムカプセルを埋め、未来を考えている企業とアピールした。

万博は2回の波があった。新しい技術や商品を展示する「万博1.0」は1900年のパリ万博までで、2度の世界大戦で低迷期に入る。戦後に空間体験型の「万博2.0」が台頭し、70年の大阪万博でピークを迎えた。だが明るい未来を示す手法が陳腐化した。BIEは21世紀の万博像として環境問題などの課題解決型を掲げるが、市民を魅了するエンターテインメントとどう両立するか。解はまだ出ていない。

未来「示す」より対話 空間メディアプロデューサー・平野暁臣氏

――2010年の上海万博を除くと、近年は入場者が減少傾向です。なぜだと思いますか。

「万博は未来の姿を語ってきた。1970年の大阪万博までは誰もが未来は良くなると信じていた。ロボットや宇宙、原子力など夢の技術で社会がこう変わると見せることが最高の娯楽だった。今は明るい未来を語ることが難しくなった」

「冷戦終結も大きい。米ソがイデオロギーを懸けて展示物を競ったが、ソ連崩壊で米国は万博に力を入れなくなった。技術開発のスピードも速い。約2年前から準備するため開幕するころには技術が陳腐化している」

――21世紀の万博像とは何ですか。

「博覧会国際事務局(BIE)は万博のあり方を課題解決型としている。だが『環境問題をこう解決する』という展示は魅力があるのか。ライバルはディズニーランドだ。面白くないと消費者はお金を払わない」

「インターネットの普及で消費者の情報感度が変わった。国や企業が上から目線で『未来はこうなる』と言っても素直に受け取らない。情報は一方的に与えるものから、共に作り出すものに変わった。大事なのは問いかけだ。答えではなく、アイデアなど考える材料を与え、来場者に見つけてもらうことが大事だ」

――万博が進化するためにはどうしたら良いですか。

「先進国は万博への情熱を失っている。ミラノ万博は散々な内容だった。先細りの現状は打開できない。大変革を打ち出して失敗するのも悪くない。そして日本が新しい万博の議論をリードする。文化的な先進国として、どうすれば国際社会から尊敬されるか真剣に考えるべきだ」

 ひらの・あきおみ 岡本太郎が設立した現代芸術研究所代表。1985年以降、全ての万博を調査し、日本館のプロデューサーとして5回参画した。

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