/

マラリア逆襲 日の丸の出番

日本人でマラリアにかかる人は1年に100人を切るが、世界はこの感染症を巡り重大な時期に差し掛かっている。原虫が薬に耐性を持ち始め、患者の数が増加に転じているからだ。感染症に強みを発揮してきた日本企業が注力すべき重要テーマで、国際社会が目指す2040年の「ゼロマラリア」実現へオールジャパンで新薬や検査機器の開発を急ぐ。

赤血球中のマラリア原虫(中)が血中に出ると高熱の原因になる

「企業はアカデミアと連携を強化し、長期投資を続ける必要がある」。日経アジア感染症会議が沖縄県宜野湾市で2~3日に開かれ、マラリア撲滅を目指す宣言がまとまった。日本企業の技術を結集してエイズ、結核と並ぶ三大感染症に立ち向かう決意を表した。

マラリアには世界で年2億人が感染し、40万人が死亡する。フランスのサノフィ、スイスのノバルティスファーマが主成分「アルテミシニン」を含む標準薬を提供し、患者は減っていた。だが、その薬が効かない耐性原虫がアフリカやカンボジアで見つかっている。

「我々は岐路に立たされている」。会議に出席した世界保健機関(WHO)のマラリア対策責任者、ペドロ・アロンソディレクターは対策を急ぐときだと強く訴えた。さらに、感染症分野の技術力を示してきた日本企業だからこそ期待し「グローバルな役割を担うべきだ」と主張した。

これまで塩野義製薬のHIV薬「テビケイ」、第一三共の抗菌薬「クラビット」、大塚製薬の結核薬「デルティバ」など有望な薬が次々生みだされた。大村智北里大学特別栄誉教授は寄生虫による感染症の薬の開発に貢献、15年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。

実は製薬会社などが16年に「マラリアコンソーシアム」を設け、発生予防、検査、治療のパッケージ輸出を目指す取り組みが始まっている。中心的な役割のエーザイは、化合物を探すプロジェクトも含めてマラリアに関し国内で最も多い7つの案件を進めている。

米ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学が設立した米ブロード研究所との提携から生まれた化合物に、世界が注目した。原虫を殺すのではなく、生きられなくする考え方でつくられ、原虫が必要とする酵素を生み出せないようにする。

肝臓期や血液期といったステージの違いに関係なく効果を発揮させることを狙っている。アルテミシニンを使う現在の標準薬は血液期が対象だ。

16年9月、薬になる前段階にも関わらず英科学誌「ネイチャー」に論文が載った。肝臓期の原虫には薬「プリマキン」があるが、ある遺伝子を欠く人が飲むと重い貧血など副作用が出る。だがエーザイの化合物にこの副作用はない。米国防総省の支援を受けて臨床試験の準備を進めており、数年内に実施する。

エーザイの畑桂グローバルヘルス研究室長は耐性原虫が広がってしまえば「昔に逆戻りになる」と話し、最前線にいるからこその焦りもある。米ブロード研究所との提携から生まれた化合物とは別に、早く実用化できる新薬候補「SJ733」のペルーでの第2相治験を準備している。20年代前半の実用化を狙う。

アルテミシニンでは3日継続しなければならなかった投与が1回きりで済む可能性がある。これには日本の製薬会社や政府、ビル・ゲイツ氏らが創薬支援のために出資したグローバルヘルス技術振興基金から「標的の妥当性と安全性が極めて高い」との評価を受けた。

マラリアコンソーシアムで新薬開発と並び重要な位置を占めるのが検査装置。国内大手のシスメックスは17年、通常の血液検査と詳細なマラリア検査が両方できる「XN-30」の提供を始めた。

被検者の血液を装置にセットして約1分。熱帯熱マラリアかそれ以外かを識別し、症状のステージを自動で検知する。陽性か陰性かを見分けるだけの従来法に比べ検査レベルが格段に上がり、貧血なども同時に分かって最適な治療に導く。体内に原虫を抱えながら発症していない「無症候キャリア」の特定もでき、感染拡大を防げる。

マラリア検出技術の開発に乗り出したのは15年前。当初は主流の赤色レーザーで原虫の発見に取り組んだが、初期段階の小さな原虫も捉えるためブルーレイと同じ青色レーザーによる実用化に切り替えていった。

国内で培養したマラリア原虫を使い、装置と試薬を製造。だが、インドやアフリカの患者に思うように機能しなかった。何度も現地で試薬や解析アルゴリズムのチューニングを繰り返して完成させた。

稲垣明ヘマトロジー事業推進部長は日本全体で「予防と検査、治療をパッケージにして成果を示したい」と話す。ドローンで検体を運んだり、ビッグデータ解析で地域別の流行種を特定したり、今後は先進技術の活用も視野に入ってくる。

オールジャパンの取り組みで予防に位置づけられるのは住友化学の蚊帳・殺虫剤や関西ペイントの防虫塗料。こうしたマラリア対策の製品は単体だと欧米企業が先行しているが、コンソーシアムに加わる長崎大学の北潔教授はパッケージ型で提供することにより地域まとめて撲滅に向かわせる力が高まるとみる。

マラリアのパッケージ事業を実現させるには新薬開発などのプロジェクトを円滑に進める資金の供給が課題だ。マラリアの患者数は多いが、新薬発売後に投資を回収しにくい面がある。流行地での治療薬は1回の投与が1ドルに満たず、一つ一つの現場では採算維持に苦労がある。

国際機関や各国政府は16年、マラリア対策に約3000億円を出費しており、事業を進めるだけの市場はある。だが、パッケージ輸出する企画作りや取引交渉を担う組織の運営費も必要だ。感染症対策に200億円支出するグローバルヘルス技術振興基金のような、人材や資金を引き込む仕組みがもっとあっていい。

▼マラリア ハマダラ蚊が人間を刺し、原虫が体内に入る。潜伏して肝細胞で増える肝臓期、赤血球内で増え暴れて発熱する血液期、生殖機能を得て流行を起こす伝播期がある。これらの原虫をハマダラ蚊が吸い込み、再び人間に送り込む。

流行地のアフリカでは患者のいる世帯の収入の25%がマラリアの治療に充てられている。年1兆円を超す損失が生まれ、経済発展を妨げる要因にもなっている。死亡者の7割は5歳以下の児童と報告されている。

(企業報道部 山本夏樹、神戸支社 下前俊輔)

[日経産業新聞2018年2月7日付]

初割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン