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崩れた利上げシナリオ 日銀07年7~12月議事録

日銀は29日、2007年7~12月の金融政策決定会合の議事録を公開した。日銀はこの年の2月に利上げを実施し、追加利上げの時期を模索していた。だが、8月に08年の世界的な金融危機の前兆となった「パリバショック」が勃発した。「対岸の火事」だったはずの欧米の危機は震度を増し、日本経済にも波及する兆しを見せ始めていた。

「(米国経済について)調整の深さがどのくらい深まるものかは今は即断できない」。07年8月23日に開かれた会合。議長の福井俊彦総裁(肩書は当時、以下同じ)の言葉には迷いがあった。

会合から約2週間前の07年8月9日には、仏大手銀行のBNPパリバが、信用度の低い個人向け融資(サブプライムローン)を含む複雑な証券化商品を運用していた傘下のファンドを凍結した。これをきっかけに欧州の銀行間市場では、不安心理から資金の出し手が極端に少なくなった。

流動性の枯渇を懸念した欧州中央銀行(ECB)は同日、950億ユーロの資金を市場に供給する策を打ち出した。日銀も10日と13日に合計1.6兆円の即日資金供給を実施。これに歩調を合わせるように米連邦準備理事会(FRB)も17日、銀行間の緊急貸出金利や公定歩合を引き下げた。

それでも市場の混乱は収まらなかった。このため9月にはFRBが政策金利を0.5%と市場予想を大きく上回る幅で引き下げ、本格的な利下げに踏み出した。

「(利下げが)金融市場の安定あるいは実体経済の支えにどういう効果があるのか、これからよくみていかなくてはならない」

福井総裁はFRBの利下げ直後に開かれた9月会合でこう語った。ただ、当時の日銀は市場の流動性確保のための資金供給などは実施したものの、まだそれ以上の対応には踏み出そうとしていなかった。

日本の金融機関は欧米と比べてサブプライムローン関連商品の保有度合いは少なく、「日本の金融機関や金融市場に与える直接の影響は全体としてみれば限定的」(武藤敏郎副総裁)との見方が当時は多勢を占めていた。

「市場の動きはやや過剰反応な面もある」(中村清次審議委員)。「各市場における行きすぎたリスク評価の調整プロセス自体はむしろ望ましいものだ」(野田忠男審議委員)。欧米の不穏な空気はかぎ取りつつも、07年夏の段階では政策委員の間でもこんな楽観的な発言が目立っていた。

「(米国の住宅投資減少が)日本の金融政策運営を考える上で大きなウエートを占めるものとは思っていない」。7月に政策金利の一段の引き上げを提案した水野温氏審議委員は、あくまで日本の経済・物価情勢に沿って政策を調整すべきだと主張し、12月に取り下げるまで、提案を維持し続けた。

表向き水野委員の利上げ提案に賛成票を投じた委員こそいなかったものの、この段階では須田美矢子委員ら他の委員の間でも段階的に進めてきた金利正常化をもう一歩進めたいとの空気が残っていた。

「世界経済そのものが昔に比べればショックに対してレジリエントになっている(強くなっている)」(福井総裁)。当時は米欧など先進国の経済が弱っても、中国やインドなどを筆頭とする新興国の経済は成長が続くとする「デカップリング論」が主流。「アジアでの需要が結局、中国やインドを通じて米欧経済につながっている」(西村清彦委員)とし、デカップリングが不成立になるリスクへの指摘もあったものの、世界経済全体が相互作用を強めながら減速していくというその後実際に起きた姿は、07年9月ごろの段階ではあくまでリスクシナリオの一つにとどまっていた。

だが、FRBの利下げを経ても、世界経済を覆う影は消えなかった。10月下旬になると一旦は落ち着いたかにみえた市場の雰囲気は再び悪化し始める。格付け会社による住宅ローン担保証券(RMBS)の大量格下げが続き、欧米金融機関が追加で損失計上に追い込まれるとの臆測も市場に飛び交っていた。

「疑心暗鬼が市場に充満している。その余波を浴びる形で、日本の金融・為替市場も不安定な地合いが続いている」11月の会合で、中曽宏金融市場局長は市場の不穏な空気を伝えた。このころになると、日銀内でも警戒の声が一段強まってくる。

「(政策金利の)ディレクション(方向)は引き上げだと思っているわけだが、やはり様々なリスクをノーカウントのままでは上げられないと思っている」。対外的には「日本経済は息の長い景気拡大が続く」と前向きな姿勢を崩さなかった福井総裁も、11月の会合では慎重なトーンを強めた。

各国の中央銀行はパリバショック後から流動性の供給を続けてきたが、ファンドなどの資金不足は収まらず、年末が近づくころには本格的な信用収縮が始まりかけていた。

「私の印象だと佐々波委員会(預金保険機構の金融危機管理審査委員会)で公的資金を投入したのと少し似たような局面」。岩田一政副総裁は12月の会合で、1998年に日本で起きた金融危機で米欧をなぞらえ、その深刻さを強調した。

「正確に問題の深さを測る必要がある」「底が見えないことは確かだ」。このときの福井総裁の発言には焦りも垣間見えた。これまで時間をかけて描いてきた日銀の利上げシナリオはほぼ完全に崩れた。(浜美佐)

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