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仕様通りでは済まない 野球グラブ職人・岸本耕作(下)

2018/1/27 6:30
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2007年5月、岸本耕作は背水の覚悟で作り直したグラブをイチロー(当時マリナーズ)に手渡した。6つの中から1つを受け取ってもらい、帰国。前半戦終了前にも届けると、こう告げられた。「5月にもらったものをオールスター戦で使ってみます。良かったら後半戦で使います」

社内では「グラブマイスター」の肩書も得た

社内では「グラブマイスター」の肩書も得た

イチローが岸本の大切な顧客になったのはそれからだった。前任の坪田信義から担当を引き継ぎ、初めてグラブを届けてから1年。ようやく名手の眼鏡にかなうものができた。

兵庫県波賀町(現宍粟市)出身。中学生だった1970年、地元にミズノの工場が建った。現在勤務するミズノテクニクス波賀工場の前身だ。当時は「地元に就職するのが当たり前の時代」(岸本)。中学と伊和高時代を通じて野球部に所属した岸本は、工場の従業員と試合をして親しみを感じたことも手伝い、高校卒業後に同社に入った。

工場では80人ほどの従業員で軟式用グラブを1日に約500個作っており、岸本はひもの通し穴を補強する金具の取り付けから職人生活をスタート。競技経験も生きて、早くから仕上げの工程も任された。

やがて、大阪の工場からプロ選手向けの生産が波賀に移管された。岸本が初めて担当したのは野村謙二郎(元広島)。ほかに宮本慎也(元ヤクルト)、高橋由伸(元巨人)ら名手たちの要望に応えようと作り込むことで技術を磨き、04年には社内最高位の「グラブマイスター」の肩書を得た。

グラブ作りで難しいのは、仕様書通りに作れば済むものではない点だ。工場で仕入れる革は1枚ごとに微妙に質が異なる。革の状態に合わせてひもを通しては手にはめてたたいたり、指の部分を曲げたりして調整するが、その頻度は革の品質や状態によって異なり、回数などをマニュアル化することはできない。

坪田のグラブを完全に再現するのは至難の極みで、イチローが当初、岸本のグラブに違和感を覚えたのは当然ともいえる。今ではイチローに「問題ありません」と言われることが多いが、それでも受け取ってもらえないことがある。「同じものを作ったつもりでも、一個一個『顔』が違う。プロのグラブ作りを継承する難しいところ」

これまでに約400人の製品を手掛け、現在はイチローのほかに福留孝介(阪神)、坂本勇人(巨人)ら約10人を担当する。グラブ作りの肝は選手と同じ手の感覚を持つこと。多くの記憶が詰まった岸本の手こそ、最高の作品といえるかもしれない。=敬称略

(合六謙二)

〔日本経済新聞夕刊1月23日掲載〕

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