家事研究家・高橋ゆきさん 家事・育児、祖母がモデル

著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回は家事研究家でベアーズ副社長の高橋ゆきさんだ。
――両親は共働きだったそうですね。
「私はおぎゃあと生まれたその日から、祖母に育てられたおばあちゃん子です。地域の民生委員をしていた祖母は町のお母さんのような存在。近所の子どもたちはもちろん、大きくなった大人たちも家に遊びに来ていました」
「祖母といると、私まで無風で穏やかな気分になれました。まさに明治の母で着物を着ていましたが、たまにワンピースを着て日傘を差したり、人様の家に行くときはお花を手土産にしたり。季節感を楽しみながら暮らし、70、80歳と年を取るほど肌つやがよくなって、きれいになっていました」
――今と違って、明治の女性は大変でした。
「医者を目指していたそうですが、30代で出産。当時にしては遅かったことでしょう。嫁いだ先には前妻の子が3人いて、実子の私の母を含め6人の子どもを育てました。今、増えているステップファミリーですね」
「私より60歳も年上だった祖母ですが、いつも現役で、心のどこかで私と同じ世代だと勘違いするほど。熱い思いを秘めた女性でした。出版業を興した母親を応援し、女性が自由に生きることを母と私、海外留学をした私の娘にまで教えてくれました」
――おばあさんとの生活で得たことは何ですか。
「高校生の時、祖母は脳梗塞で介護が必要になりました。私は自分の母のように世話しました。私が24歳になるまで食事の支度はもちろん、一緒にお風呂に入り、トイレの介助もしました」
「そのときの経験が、簡単で楽しく家事をこなす土台になったんです。風呂のイスは滑って危ない。だからパイプイスの脚に、塩ビホースをはさみで割いてはめるとストッパーになって滑らないんです。パイプイスは座る面が高いから座りやすいし。また、手すりにタオルを巻けば体の支えになるだけでなく、おでこをぶつけても痛くない。暮らしの知恵をそうやって実践していました。祖母は『あなたって、天才だ』と褒めるんです」
――おばあさんに教わったことは多いようですね。
「私は子育てや、暮らしの困り事を解決する取り組みをしています。祖母は民生委員としてご近所さんからよく相談を受けて、解決していたので、ロールモデルですね。例えば家事と育児の両立に困っている、ゆきさんはどうしましたかなどと相談されると、祖母の姿が頭をよぎります。そうして自分が起業しながら子育てした経験を思い起こし、話すだけです」
「私の源泉は祖母です。心に笑顔を、唇に夢を。堂々と生き行くということ。同時に、常にやさしい気持ちでいるということ。祖母の生きざまで教わりました」
[日本経済新聞夕刊2018年1月23日付]
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