2018年9月19日(水)

働き方 何を見直すべきか
宮内義彦オリックスシニア・チェアマン

経営者ブログ
2018/1/26 6:30
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宮内義彦(みやうち・よしひこ) オリックスのシニア・チェアマン。 1935年神戸市生まれ。関西学院大商学部卒。米ワシントン大経営学修士(MBA)。リースを手始めに不動産、生命保険、銀行などへ事業領域を広げてきた金融サービス界の重鎮。最高経営責任者の在任期間は30年を超える。語り口はソフトながら、世の中の動きを分析する視点は鋭く、時に厳しい。現在も経営への助言を続けている。プロ野球オリックス・バファローズのオーナー、新日本フィルハーモニー交響楽団理事長の顔も持つ。近著に「私の経営論」(日経BP社)、「私の中小企業論」(同)

宮内義彦(みやうち・よしひこ) オリックスのシニア・チェアマン。 1935年神戸市生まれ。関西学院大商学部卒。米ワシントン大経営学修士(MBA)。リースを手始めに不動産、生命保険、銀行などへ事業領域を広げてきた金融サービス界の重鎮。最高経営責任者の在任期間は30年を超える。語り口はソフトながら、世の中の動きを分析する視点は鋭く、時に厳しい。現在も経営への助言を続けている。プロ野球オリックス・バファローズのオーナー、新日本フィルハーモニー交響楽団理事長の顔も持つ。近著に「私の経営論」(日経BP社)、「私の中小企業論」(同)

 22日から通常国会が始まりました。「働き方改革国会」とも呼ばれており、意義のある議論に期待したいものです。この一年ほど、日本人の働き方についての話題が増えました。恐らく基本的な認識は、「日本人は働き過ぎ、長時間働くことで生活の質を落としている。まずは働く時間を短くすべきではないか」といったことなのでしょう。その視点は納得できますし、これが実現すると日本人の生活の質は向上することでしょう。

 しかし、働き方改革を実現するための前提は、労働生産性を向上させ、全体としての生活水準、国内総生産(GDP)を減らさないことです。これまでの議論では、どうも労働時間の短縮に関心が偏っているようにも見受けられます。残業などを含めた長時間労働を減らし、働き過ぎを是正してゆとりのある生活をしようというのは、よく分かります。しかし労働時間の短縮だけに焦点が当たると、その前提である「生産性向上をどのような手段で達成するか」という本質が忘れ去られるようで心配になります。さもなければ、日本全体としては短縮した時間分だけのGDPが失われることになるからです。

 例えば企業からみると、政府の要望している3%の賃上げを受け入れ、費用が上乗せされれば企業の業績は支払い分だけ影響を受け、GDPも伸びないというダブルパンチになる恐れがあります。経済界がこうした事態に対してとるべき対応は、生産性向上をいかにして達成するかを追求することではないでしょうか。確かにここ数年、企業業績の上昇が必ずしも賃上げに結びついていないのも事実です。ここで企業と働く人がウィンウィンの関係をつくり出す必要があります。それには生産性を上げながら賃金を増加させることしかないのでしょう。

 生産性さえ向上すれば当然賃金を上げることができ、労働時間の短縮もかなえられます。すでにご存じの通り日本のGDPに占める第3次産業の割合は70%余りであり、その生産性は欧米と比較すると極端に低くなっています。要するに第3次産業の生産性向上に注力し、これに成功すれば全ての課題が解決するのです。以下はご参考までに産業別の生産性を比較した表を添付させていただきます。

 今話題の労働時間短縮を軽視すべきとは思いませんが、この際日本人の働き方全体を少し広く捉えて議論することで、より大きな社会的意味を考える良い機会だと思います。

■柔軟な雇用制度で人材流動性を高める

 日本人の働き方のもう一つの問題は、同じ仕事でも正規と非正規の違いで、所得や安定性に大きな格差が生じる雇用形態が厳然として存在していることにあります。日本では正規雇用が聖域化され、企業にとって調整困難な制度となっています。一度正規雇用をすると定年までよほどのことがないと辞めてもらえない。年功制度も依然として色濃く残っています。こうした実態に対応し、企業は正規雇用に極めて慎重になります。逆に非正規は企業からみると安全弁として存在し、その地位は不安定・低収入で社会保険などさまざまな側面でも正規と比べ不利益をこうむっています。正規・非正規間のバランスを是正することが一番大切なのですが、長い間手をつけられていない。これまでも申し上げてきましたが、これを解決するには人材の流動性を高め、社会全体として効率の良い配置を作り上げることです。それには正規雇用の聖域を少しでも流動性のあるものに変えることが必要です。

 かつて規制改革会議などで論じてきましたが、働き方に多様性を持たせ、一人ひとりが選択できるようにするとともに雇用者の方も適材適所に人材を配置できるようにすべきではないかというのが、雇用を論ずるときの正面きっての議論でした。そうすれば自身が必要とされる程度、適性に応じて思い思いの働き方ができます。この際問題となるのは正規雇用の硬直性でした。一度正社員として採用すると会社都合で解雇するのはとても難しく、できるとしても著しくコストがかかる。そのため、正社員の処遇は割高となる。従って企業はできるだけ雇用の柔軟性を非正規に求めるようになる。非正規は低収入、不安定な状態に置かれたまま、その比率が徐々に増加する。正社員はできるだけ自身の特権的な位置を確保しようとする。

 そうした中で、例えば正規雇用の社員にもさまざまな要求がなされます。社風を強く意識させられ、社内論理が強くハラスメント的なプレッシャーの下での業務や指揮命令など組織から没個性を求められます。こうした環境の下で残業を強いられたとしましょう。正規雇用で、一種圧迫感のある雰囲気の中、当然のこととして必要とされる残業を行います。正規雇用が今ほど聖域化していなければ、企業も業務が繁忙の際には正社員を増やすでしょう。そのとき必要なスキルを持った人を集めて、そうでない人はまた別の必要とされている場所に移る。このような移動によって社会的に対応できるシステムが生まれますし、その方が望ましいはずです。

 勤務時間だけを論じると、誰を対象としているのか、正規なのか、非正規に対してなのか、判然としないところもあります。本当の労働問題は勤務時間のみではありません。もっと大事なことがある。労働問題という、最も困難なテーマを理想論で語ることはできませんが、それを承知でいえば正規、非正規にこだわらず、みんなが同じような選択の余地があるようにすることで、誰もが自由に動き、その時の自分に最適な環境で働ける社会が来ると思います。

 ちなみに、今の働き方改革は常に「さっさと帰る」に終始している気もします。本当の仕事の面白さは、何もないときはさっさと帰る、徹夜とまでは言いませんが頑張るときは集中して頑張るということではないでしょうか。

■辞令1枚での転勤は会社の一方的な都合

 他にも日本的な労働慣行のなかで不思議なことがあります。それは主に、中堅以上の会社の正社員に対する人事異動のやり方です。今では少しは社員の意見や希望を聞くようになってきましたが、基本的に辞令1枚でどこへでも行く。さらに、家族を引き連れてどこへでもというわけにはいかないので、単身で行く。これが普通のこととして見られています。日本のサラリーマンでは単身赴任が当たり前でしょうが、日本ほど単身赴任が多い国は海外では聞いたことがありません。結果的に、いびつな家庭生活を強いる雇用形態をつくり出していると思います。

日本的な労働慣行のなかで不思議なことがいくつもある

日本的な労働慣行のなかで不思議なことがいくつもある

 欧米の会社で転勤させるとなれば、何カ月も前から打診して交渉するものです。「ここに行ってくれないか」「ちょっと家族と相談します」「うちは子供がいるので、同等の学校に入れるか調べてみます」などと一旦持ち帰る。こういうやり取りを繰り返し、やっと納得して動く。人間らしい転勤です。日本は人の異動を辞令1枚で決めてしまいます。たとえ少し前に内示をもらったとしても、結果は同じです。これが当たり前だと思われているのは、とても異常なことです。「僕は単身赴任して10年たちました」という人もざらでしょう。海外からしたら考えられず、家庭を持っているのだろうかといぶかしがられるほどです。こんな慣習があるのは、日本の他には先進国でどこかあるのでしょうか。

 逆に、欧米の企業にとって転勤や部署異動というのは、ものすごく真剣勝負なのです。相当話し合い、双方合意しないことはやらないし、それで会社の意向と合わなければ転職することになる。当社を含む日本企業は得てして「3年たったからこちらに異動させよう」などといったように、配置転換、転勤を手軽にやってしまう。社員一人ひとりがさまざまな思いをもって仕事をしていること、また、後ろには家族が控えているといった、当たり前のことをあまり考えないというのはおかしなことです。

■戦後70年以上経っても満員電車

 もう1つおかしなことを述べますと、満員電車、満員バスでの通勤があります。特に東京と大阪はひどい混雑で、「通勤」ならぬ「痛勤」と呼ばれています。戦後70年が経ち、毎朝満員電車で会社へ行く国は異常ともいえるのではないでしょうか。東京一極集中で郊外に住宅を展開したのも一因でしょうが、文明国とは言いがたい光景です。私が若い頃は満員電車が当たり前でしたが、戦後復興で経済が成長して、これから世の中が良くなるだろうと思って辛抱してきたわけです。電車が足りないときなら仕方のないことかもしれませんが、これだけ経済が豊かになったのにまだ満員電車や満員バスに乗っている。もっと職場に近いところに住居を移したり、フレックスタイムやテレワークを積極的に取り入れたりすべきです。始業時間などもあまり工夫されていません。もっとも、通勤に時間がかかるのは海外でも同じです。欧米では渋滞の中、車をドライブしながら自宅と会社を往復するのは珍しくありません。特に新興国の大都市の車の洪水は年々激しくなっており、インフラ整備は追いつきません。それでも車の中はプライバシーがあります。しかし日本のように電車、バスといった狭い空間に押し込められ、物理的に動きのとれない中で、他人に囲まれての通勤というのは珍しい風景なのでしょう。

 要は日本がこれだけ豊かになってきたのにまだ解消されないことが社会的な重要課題にも世論にもならないことが異常なのです。残業、辞令1枚で転勤、満員電車。このような豊かな社会の中で、人間的でない生活に対する強制力を企業がもっているのは旧世代的と言えるでしょう。働き方改革の本質からいって、時代に合っていないと私は思います。

■新卒一括採用は珍風景

 これまでもお話ししたかと思いますが、4月1日の新卒一斉入社も世界では珍しい風景です。今は本来なら通年採用の時代で、人材が必要なセクションがその都度採用するというのが本当の姿ではないのでしょうか。新卒一括採用をすると、入社後に何百人もの新卒社員が一気に研修し、一斉配置され、いつの間にか官僚的な組織が出来上がってしまいます。65歳まで粛々と終身雇用制度が続くような会社では、イノベーションは生まれにくいでしょう。かく言うオリックスグループも新卒一括採用を行っていますが、昨今はいつの間にか中途採用の社員が新卒社員の数を大幅に上回ってきているようです。

 企業は本来経済的なイノベーションを起こすための組織です。満員電車、単身赴任、新卒一括採用などは21世紀企業が勝ち抜こうとしているグローバルで知識集約型社会にはそぐわない慣習ではないでしょうか。働き方改革を進めることは一定の進歩ではありますが、本来の目的は生活の質を上げながら最終的に生産性向上につながるイノベーションを生み出すことが求められているということです。そのような企業で社会をどう作るか、本質を突いた議論を期待します。

宮内義彦 オリックス シニア・チェアマンのブログは原則毎月下旬の金曜日に掲載します。

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