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大リーグ、ネット動画配信ビジネスの光と影

スポーツライター 丹羽政善

1995年、米テキサス州ダラスでビジネスを始めていたマーク・キューバン氏(米プロバスケットボールNBAのマーベリックスのオーナー)は、母校インディアナ大のバスケットボールの試合に飢えていた。

彼はバスケットの熱狂的なファンとして知られ、インディアナ大は全米でも屈指の人気を誇る。

せめてラジオで実況を聞きたい――。

そのとき、友人らとインターネットを使えないかと考え、プラットフォーム(基盤)の構築を試みる。すると、この半ば趣味で始めたビジネスが大成功を収め、後にIT(情報技術)バブルが到来すると、99年に米ヤフーに売却。同社の株式を57億ドル分(当時のレートで約6500億円)受け取った。

キューバン氏はその翌年1月、それを原資にマーベリックスを2億8500万ドルで買収している。

この事業モデルそのものは2000年6月に始まった米大リーグ機構(MLB)の公式ホームページ「MLB.COM」にも引き継がれた。

たとえば、米西海岸のワシントン州シアトルには、仕事などで東海岸のマサチューセッツ州ボストンからの移住者が多い。マリナーズの本拠地セーフコ・フィールドでレッドソックス戦が行われると、客席は赤い帽子を被ったレッドソックスのファンで埋まる。そんな人たちはそれまでシアトルに来たときか、あるいは全米中継で放送されるときしか、レッドソックスの試合を見ることができなかったわけだが、インターネットが時代を変えていく。

ファンらの需要、想定上回る

すでに触れたように、ネットでラジオを聞く技術は確立し、映像に関しては遅れていたものの、02年に「MLB.COM」を運営するMLBアドバンスト・メディアが「MLB.TV」というコンテンツを追加し、ネットの接続環境さえあれば全米のどこからでも試合を見られるようになった。最初の実験放送が行われたのは同年8月26日のこと。9月から課金がスタートすると、翌03年から本格的なサービスが始まった。以来、権利の関係で多少の制限はあるものの、シアトルにいながらレッドソックスがどこにいようと、映像による中継を楽しめるようになったのである。

なお、このビジネスが軌道に乗ると、MLBアドバンスト・メディアも黒字化。当初、大リーグの30球団が年間100万ドルずつ4年間出資する条件(最大1億2000万ドル)で「MLB.COM」は始まったが、その額が7700万ドルに達したところで、新たな資金を必要としなくなったそうだ。故郷を離れて暮らすファンらの需要は想定を上回ったのである。

MLBアドバンスト・メディアはさらに「MLB.TV」で培ったストリーミング技術を北米プロアイスホッケーのNHL、ケーブルテレビ局HBO、米最大のプロレス団体WWEなどにも提供し、ビジネスを拡大させていく。

NHLとは「NHL.COM」やネット中継の権利をまるごと買い取る契約(6年総額6億ドル)を15年に結び、運営を賄っている。そして、「NHL.COM」を「MLB.COM」と同様の手法で成長させると、今や関連ビジネスが年2億ドル(約220億円)規模に達したとも報じられ、契約金を上回る利益を上げている。大リーグは昨年、総収入が初めて100億ドルを超えたとされるが、MLBアドバンスト・メディアがそのうちの1割以上を占めているとみられる。

さて、その孝行息子は昨年、さらに巨額マネーを生んだ。

15年、MLBアドバンスト・メディアの技術部門を分社化(動画配信企業BAMテック)すると、16年に米メディア大手のウォルト・ディズニーが10億ドル(当時のレートで約1020億円)で株式33%を取得。昨年夏にはさらに15.8億ドルで株式42%を買い増し、事実上、BAMテックを傘下に収めた。

ディズニーとしては自社が持つ映画のコンテンツに加え、傘下にあるABCテレビ、スポーツ専門チャンネル「ESPN」といったテレビ局のストリーミング配信サイトも新たに立ち上げる予定で、出遅れ気味だったストリーミング市場に打って出る。

各球団に50億円超のボーナス

昨年夏の売却益に関しては、今年3月までに大リーグの各球団に均等に分配される見込みで、単純計算で1チームあたり約5000万ドル(約55億円)だが、そこには昨年のMLBアドバンスト・メディアの利益も加わるため、1チームあたりの分配金は6800万ドル程度とも予想されている。各球団はまた、MLBが各テレビ局と結ぶ全米放映権の分配金を年間で5000万ドルほど受け取っており、2つの分配金だけでチームの年俸総額を上回るケースもある。

放映権に関してはともかく、MLBアドバンスト・メディアの影響力はかくも多岐にわたり、同社を所有する大リーグの30球団もまた、多大な恩恵を受けている。

転じて、日本野球機構(NPB)のホームページは……。おそらく、MLBアドバンスト・メディアの社員が見たら首をかしげるのではないか。

いや、日本にも「MLB.TV」のビジネスモデルに近い「パ・リーグTV」が存在するが、セ・リーグにはそれがない。おそらく大リーグの関係者には「せっかくの優良コンテンツを無駄にしていて、もったいない」としか映らないはずだ。

「MLB.COM」は当時コミッショナーだったバド・セリグ氏の肝いりで始まった。日本でも本来、コミッショナーが音頭を取るべきだが、それができず、せっかくのビジネスチャンスを逃しているとも映る。

もっとも、強大化しすぎ、権力の集中を許していたMLBアドバンスト・メディアも今、一つの転機を迎えている。

創業当時から辣腕を振るい、カリスマ経営者として名をはせたボブ・ボウマン氏が昨年末に退社した。表向きは契約切れだが、実際には解雇に近い。部下を怒鳴り散らすなどパワハラが告発され、さらにはセクハラもあったとのこと。内幕を暴露した米ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、少なくとも10年ほど前から常態化していたという。セリグ前コミッショナーも把握していたものの、莫大な利益を上げていたからか、目をつぶっていたとほのめかす。

まるでハリウッド映画界で表面化したセクハラ問題のようだが、華やかな舞台の裏側で深い闇が見え隠れし始めている。

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