2019年8月19日(月)

「乗れてラッキー」レトロバス快走(もっと関西)
とことんサーチ

2018/1/18 17:00
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JR大阪駅のバスターミナルに見慣れない外観のバスが来た。ベースの深緑に赤や白のストライプが描かれた車両は昭和レトロを感じさせる。調べると、大阪市交通局が運行する通称「ゼブラバス」で、所有バス530台のうち7台しかないという。導入の背景を探ると、大阪人らしい遊び心と、日本で初めてワンマンカーや冷房車を開発するなどした市バスの奮闘の歩みが見えてきた。

昭和30年代のデザインを再現した市バス「ゼブラバス」は大阪市内で7台走っている(昨年12月、大阪駅前)

昭和30年代のデザインを再現した市バス「ゼブラバス」は大阪市内で7台走っている(昨年12月、大阪駅前)

ゼブラバスとはどんなバスか。市交通局の広報担当、永沢良太さんに聞くと「ゼブラバスは、戦後の経済成長に伴い台数が増えていた『市バス全盛期』の1950~60年代に活躍したバス」だと教えてくれた。

ファンも多く、市営交通開業110周年を記念して2014年に復活。一般的な市バスの車体に当時の柄のフィルムを貼り、外見を再現した。「台数が少ないほうが珍しくて話題を呼びそう」との思いつきで、市内に7カ所ある営業所に1台ずつ配置し、現在も7台すべてが運行中だ。

記者がぜひ乗りたいと申し出ると「他のバス車両と区別せずに運行しており、いつどこを走るかは決まっていません」と永沢さん。市バスは全部で530台あり、偶然の遭遇は難しい。そこで永沢さんに「1日に延べ600台以上の市バスが往来する大阪駅なら遭遇できる確率が高いのでは」と助言をもらい、17年12月下旬に大阪駅へ向かった。

意外にも1時間ほどでゼブラバスにお目にかかれた。大阪府松原市の主婦、田中千津子さん(61)は「珍しいバスに乗れてラッキー。普段と違い、街の風景が昔懐かしく感じられた」と笑顔を見せた。

外観でひときわ目を引くのは車体中央の赤いライン。永沢さんによると「全国に先駆けて導入したワンマンカーの象徴」だという。なぜ赤色なのか確かな理由は不明だが「他のバスと差別化するため目立つ色にした」との説が有力らしい。

市バスの営業開始は1927年。当時は「1事業者1路線」との規制があり、既に運行中だった民間バス路線を避け、阿倍野橋―平野間の4.8キロからスタート。当時は運転手と車掌の2人乗りが一般的で、車掌は主に女性が務めていた。

戦後、市中心部への通勤客が増えると、バスの営業時間延長を望む声が増加。当時の労働基準法は女性の深夜労働を規制しており、市交通局は打開のため「ワンマンカー」を開発した。

降車ボタンや料金箱、ドアの開閉など車掌が担っていた役割を機械化し、運転手1人で運営できるようにした。51年に利用客が比較的少なかった阿倍野―今里間で試験運行を始めたところ、話題を呼び、全国に広まったという。当時活躍したのが、ゼブラバスだ。

ゼブラバスの利用者は右肩上がりで増え、ピークの64年度には1日平均119万人に達したが、地下鉄網の整備が進むにつれて利用者は次第に減少した。そんな中でも市交通局は先駆的な取り組みを続けてきた。

73年にはシルバーシートのはしり「善意の席」を設置。ドア開閉が頻繁で困難とされていたバス用冷房設備も、市交通局がバスメーカーを拝み倒し、86年にいち早く全車両に設置した。

現在は利用者の大半が高齢者だが、既に90年代にはバリアフリー化に向け、車いすでも乗降しやすいリフト付き車両や、高齢者がつまずきにくいノンステップバスの運行も始めた。

記者も乗車したゼブラバスは、当時の丸みのある白い窓枠も再現し、車内の広告スペースには昭和の市バスの写真がずらり。「お忘れ物にご注意を」の張り紙も昭和の映画ポスターのようで、随所に遊び心が見えた。レトロなバスに揺られ、約1時間のタイムスリップ気分を味わえた。

市営地下鉄・バスの民営化に伴い、市交通局は今年4月に外郭団体の大阪シティバス株式会社に全路線を譲渡する。同社取締役の永立恵幸氏によると、民営化後もバスの外装は当面変えない予定だが「ゼブラバスが走り続ける保証もない」という。大阪の街の成長とともに歩んできたゼブラバス。民営化後も大阪の街を走り続けてほしい。

(大阪社会部 奥山美希、加藤彰介)

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