2018年2月22日(木)

ピッチの風

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川崎がJ1初Vで証明した3つのこと(前編)
武田信平・前会長に聞く

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2018/1/19 6:30
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 昨季の明治安田生命J1リーグ。2017年12月2日の最終節で劇的な逆転優勝を遂げた川崎フロンターレを感無量の面持ちで見詰めた人がいる。2000年12月から15年4月まで川崎の社長、それから1年間は会長としてクラブの発展に尽力した武田信平さん(68)だ。手塩にかけたクラブの歩みを振り返ってもらった。(聞き手は武智幸徳)

武田信平さん

武田信平さん

 「優勝が決まるまで一瞬、間が空いた。磐田と戦っていた首位鹿島の結果次第だったから。選手がピッチの中で喜んでいるのを見て、優勝したとわかったが、あまり実感が湧かず、半分冷静な自分がいた。客席からピッチに下りて、選手やスタッフの中に入れてもらって優勝記念のTシャツを着せられて、やっとうれしさがこみ上げてきた。悲願のJ1制覇まで憲剛(中村)は15年かかったけれど、信平は17年だからね。まあ社長の間は未遂に終わったけれど」

なぜ2位ばかり続くのか

 1955年創部の富士通サッカー部が川崎フロンターレとしてJリーグに準加盟したのが97年。99年にはJ2を制し、翌00年はJ1で戦ったが、1年でJ2に逆戻り。社長に就任したのはそんなタイミングだった。本人に言わせると「青天のへきれき」の人事。

 以降、チームは着実に強くなったが、なぜか04年のJ2優勝以外、タイトルが遠かった。06年、08年、09年はJ1リーグで2位、07年、09年のヤマザキ・ナビスコ・カップと17年のルヴァンカップは準優勝。16年はJリーグ・チャンピオンシップに前期2位、後期3位で進出しながら結局3位、天皇杯も準優勝に終わった。

生え抜きの中村は15年目での初優勝に号泣した=共同

生え抜きの中村は15年目での初優勝に号泣した=共同

 「なぜ2位ばかり続くのか。それがわかれば手は打てたよ。壁を破るためのツキがないと感じることもあった。肝心なところで勝てないと周りに言われるから、選手も大事な試合で過緊張になる部分があった。昨年のルヴァンカップ決勝のC大阪に奪われた先制点なんか、開始40秒くらいでしょ。普通には考えられないようなミスをやってしまうわけで。09年のヤマザキ・ナビスコ・カップ決勝もそうだ。絶対に勝てると思って臨んだけれど、それがいけなかった。この試合もFC東京にGKのファンブルで先に点をやってしまった」

 とはいえ、「シルバー・メダル・コレクター」という称号は優勝争いに確実に絡むチームになった証拠。地域密着でも成功のモデルケースとされる。

 「社長になったのはフロンターレがJ1からJ2に降格したシーズンの直後。01年の、社長になった初めてのシーズンの最中、フロンターレの試合を見た後にある地元の会合に顔を出した。そこで痛感したのがチームのことがまったく知られていない、興味を持たれていないということだった。地元の商店街の寄り合いなんかに出ても『弱いよね』『親会社からお金をたくさんもらって、それで強くすればいいじゃん』『強くなったら応援にいくよ』とかいわれてね。Jリーグが『100年構想』としてうたう『地域密着』『スポーツでもっと豊かな国へ』という理念のとおり、プロ野球と違って地域の人に愛されないとファンは応援に来ないと痛感させられた。駅前でビラ配りとかしても当時は誰も受け取ってくれない。見向きもされなかったからね」

 「地元に入り込むためにはよほどの方針転換をしないとダメだなと思ったのよ。それで『見えるところからやる』ということで最初にやったのが社名変更と他社からの出資。それまで富士通の100%出資だったクラブに川崎市や地元企業、個人株主からも出資を募り、社名を『富士通川崎スポーツマネジメント』から『川崎フロンターレ』に改めた。富士通本社の反対はもちろんありましたよ。本社に掛け合ったけれど2回ダメだしされたし。3回目のお願いでやっとOKが出た」

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