/

箱根駅伝 無念さ抱えなお支える思い共感

今年の箱根駅伝も手に汗握る熱い戦いとなった。東京と箱根間の往復10区間を選手たちがどのように走るかが注目されるが、彼ら以上に目を奪われる存在がある。それはサポートスタッフの存在だ。

彼らは中継所で選手に付き添ったり、走り終えた選手を待ち受けたり、コース上で給水したり、ラップタイムやライバル校とのタイム差を伝えたりするなど多くの役割を担っている。

学生時代は踏めなかった箱根路を走る(中央は筆者)

箱根駅伝を実際に走ることができる選手は2日間で21チームから各10人でしかなく、エントリーされながら涙をのみ、サポートスタッフとなる選手は120人以上にもなる。チーム内の熾烈(しれつ)な競争に敗れて、エントリーにすら漏れた選手を含めれば控え組は数百人にも上るだろう。そして大半は4年間に一度も、この晴れの舞台を走ることなく巣立っていく。おそらく、どのスタッフも母校やチームメートのために最善のサポートをしたいという気持ちに偽りはないだろうが、晴れの舞台で自分が走れない無念さで内心はきっと複雑なはずだ。かつて彼らと同じ立場だった私にはその気持ちが痛いほどわかる。

少年時代の私はのんびりした性格でこれといった取りえがなく、唯一秀でていたのが長く走ることだった。この能力にかけようと青春の全エネルギーを燃やして箱根駅伝を目指した。ただ、その道は険しかった。高校時代は故障ばかりで、意中の大学を目指し2年も浪人してようやく合格をつかんだものの、練習できなかったブランクは簡単には埋まらなかった。

何としてでも箱根駅伝に出場したいと焦り、練習量を増やすとケガが続き、結局夢を実現できぬまま大学生活は終わった。箱根駅伝を走ることを大きな目標としていただけにショックは非常に大きく、それは人生の汚点にさえ思えて、一時は全てに自信を持てなくなった。

悔しさをプラスの力に

今思えば競技スポーツの世界で成功できるのはほんの一握りの選手で、多くの選手は程度こそあれ無念さを抱いたまま次のステージに進むのだとわかる。当時はそんな冷静な分析はできなかった。長い自信喪失の日々の末、30歳前に野山を駆けるトレイルランニングと出合い、世界3位にまで到達できたのは、思い返せば箱根駅伝での挫折があったからに違いない。

もちろん、失敗して負のエネルギーを抱き続けているだけでは単なる挫折に終わり、自己否定につながりかねない。その悔しさを自己の内面で新たな目標に向かうプラスの力に変えられれば、それは貴重な体験となる。青春期をスポーツに費やす本当の意義はここにあるのかもしれない。

テレビで観戦し、彼らの新しいステージが一層、光り輝くものになってほしいと切に願いながら新年の2日間を過ごした。

(プロトレイルランナー 鏑木毅)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン